こんにちは、槙野もえです。
今回は久しぶりに感想ブログです。
ちょっと前に表紙とタイトルだけ見てなんとなくこの漫画を買いました。
なんとなく、ピーンと来たというか。
でも、読む気分にはならなくて読んでなかったんです。
いざ読んだら、感動したので、久しぶりに感想を書くことにしました。
まず、イラストはよくわからない感じだけどなんかかわいくて、なんか不安定になる。
全体的に女の子はかわいいけど男の子はかわいくない。
登場人物は、みんなちょっと変わってて、でもたぶんこの世界ってそれが普通で、そのちょっと変わってる部分が問題なわけではないって主張したいんだとおもいます。
タイトルと表紙の絵からもそんな感じを受けました。
作者さんがそれを狙っているのかはわからないんですけど、よく映画で警察に銃を向けられて、手をあげさせられて、「私たちは無実です」って言っているように見えるんです。
「問題ないから、ほっておいて」というか。
あとは、みんなが優しい。
その優しさが伝わるか、その人のためになるかは別として、みんなが優しくて愛があると思いました。
さらに言えば、その愛でどうにもならなくなっても、どこかに希望はあるんだよ、というような感じでした。
表紙は読んだ人にしかわからないこだわりがあります。
カバーの下も是非見てください!
切ないですけど、ひどいお話ではないので、是非読んでみてください。
ここから下は、ネタバレを含んだ感想を書いていきたいと思います。
短編集で、全てのお話の感想を書くのはちょっと、と思っているし、感想は人それぞれ、というのが大前提なので、表紙の2人が登場するお話のことだけ、お話ししたいと思います。
特に、『呪い』についてお話したいなと思います。
私は「肉飯屋であなたと握手」を読んでいて、『呪い』という言葉が出てきたとき、この作者さんは『呪い』についての考えが私と同じだな、と思いました。
いきなりおこがましい発言で申し訳ありません。
私は『呪い』というのは、人間が自分自身について持つ思い込みだと考えています。
元々の原因が何であるにせよ、何かをすると、あるいは何かをしないと、自分の体が変化してしまうと思い込む。
その思い込みが『呪い』だと思います。
このとき、オカルトやホラーやスピリチュアルなことは取り敢えず頭から離してください。
あくまでもそういう考え方の一つだと思ってほしいんです。
私がこう考え始めたのは、吉本ばななさんの『とかげ』を読んだからです。
先ほどは偉そうに、「私は『呪い』を思い込みだと考えています」なんて書きましたが、実際は『とかげ』の主人公がそんなことを語っている場面があり、私はそれ以来その主人公の考えに賛成しているだけのことです。
さらに言えば、私は『呪い』と『おまじない』は同じだと思っています。
自分自身に起こることが悪いこと・嫌なことなら『呪い』、良いこと・好きなことなら『おまじない』です。
「肉飯屋であなたと握手」に話を戻します。
このお話で、女の子は『先生が好き』『先生の言うことは絶対』だという『呪い』を持っています。
男の子はその『呪い』を解きたいと考えています。
一方で、男の子も『人と手を繋ぐと吐く』という『呪い』を持っています。
2人とも『呪い』を持っていて、更に言えばそれが『呪い』なのかどうか、2人とも自分自身ではわかっていないのかもしれません。
ノートを開いた瞬間、それからノートの側面のメッセージで、女の子の『呪い』は解けたのかもしれません。
でも、解けなかったのかもしれません。
「先生が好き」だと言った女の子に手を握られて、男の子は吐き気がしましたが、吐きませんでした。
男の子の『呪い』も、どうなったのかわかりません。
でも、『呪い』を持ったままでもいいのかもしれないっていうことかな、とこの漫画を読んで思いました。
また、男の子と先生の「元気でね」というメッセージは、『おまじない』として女の子の中に残るんじゃないかと思いました。
もしくは、舞城王太郎の『愛』の考えも近いのかもしれません。
蛇足かもしれませんが、『呪い』の考え方は、この本の中の他の短編にも繋がるのではないかと思っています。
げんきでね、は雑な言葉かもしれませ
んが、私は結構好
きです。私は友達に対して、どこ
ででもいいから、元気でいてほしいと
ねがっています。


