特集(5)~ステイ・ザ・ナイト
ベストアルバムを15枚目に残し、新たな時代に突入するシカゴ。
ビル・チャップリンの加入と、デビッド・フォスターをプロデューサーに迎えた「16」は所謂AORシカゴの幕開けとなった。
いきなり1曲目からTOTOのジョセフ・ウィリアムスがペンをとった曲で始まる。外部のソングライターを起用し、セテラとデヴィッドの人脈がフルに活かされた80年代の音作りはまさに独壇場。ロバート・ラムの匂いは皆無。確かに「hard to say i'm sorry~素直になれなくて」は素晴らしい。が、シカゴであってシカゴでないそのサウンドは複雑だ。この曲は後半部に「get away」と題したシカゴの抵抗とも思える曲が繋がっているのを知っているだろうか?今でもこれをくっ付けた意図が謎だ。
続く「17」も同路線。ここからはスティーヴ・キプナー作の「hard habit to break」がNo.1ヒット。さらにフォスター色に洗練される。しかし、新境地とも言える「along comes a women」やパンコウ作の「once in a lifetime」が新鮮だ。
そして、個人的に名盤に推す、AOR時代の'86年最高作「18」。ソロで大ヒットを飛ばしたピーター・セテラはとうとう脱退しソロへ転向。看板ヴォーカリストを失う大打撃をくらうも、若きジェイソン・シェフ(vo.b)の加入が意外にもその穴を充分に埋める逸材となった。ここでも外部のソングライターを起用しつつも、力強い「niagara falls」や久々のラム作「forever」、デヴィッド・フォスターが絡んで初めて良かったと思った会心のバラード「will you still love me」は彼の作品の中でも抜きん出ている。「25 or 6 to 4~長い夜」のリメイクはコけたとしても、時代に合わせたポップロック路線はシェフのヴォーカルにピッタリだし、新生シカゴを見事にやってのけたのだ。
「19」はさらにハードさを増し、お得意のバラードで「look away」のNo.1ヒットも産むが、ここまでくるともうシカゴとは言えない別のバンドのようだ。そして、「heart of chicago(20)」のベストで一区切り。'91年「21」の問題作へ。レコード会社の考える売れ筋路線をさらに押し進めたこのアルバムは、ハードポップロックとしてはホントいい出来なのだが、時代の流れというか、ひとつの限界なのか、商業的には全くだったし、シカゴメンバーがレコード会社側にとうとう痺れを切らしたアルバムでもあった。天才ソングライター、ダイアン・ウォーレン作のバラード「explain it to my heart」で幕が開ける。シェフの渾身のヴォーカルが冴え渡るのだが、このアルバム後のツアーでは一切「21」からの楽曲を取り上げなかったという、前代未聞のシカゴの抵抗を考えると何とも複雑だ。
その後のシカゴといえば、メンバー主導で作り上げた「stone of sisyphus(22)」が発売中止となったことをキッカケに各メンバーのソロやオリジナルメンバーでもあるダニー・セラフィン(dr)の脱退、移籍後のビックバンドスタイルで挑んだ「night&day」にクリスマスアルバム・・・と自分が知る限りではそれだけを残して、90年半ばから少なくとも日本国内ではすっかり姿を消してしまった。
ビル・チャップリンの加入と、デビッド・フォスターをプロデューサーに迎えた「16」は所謂AORシカゴの幕開けとなった。
いきなり1曲目からTOTOのジョセフ・ウィリアムスがペンをとった曲で始まる。外部のソングライターを起用し、セテラとデヴィッドの人脈がフルに活かされた80年代の音作りはまさに独壇場。ロバート・ラムの匂いは皆無。確かに「hard to say i'm sorry~素直になれなくて」は素晴らしい。が、シカゴであってシカゴでないそのサウンドは複雑だ。この曲は後半部に「get away」と題したシカゴの抵抗とも思える曲が繋がっているのを知っているだろうか?今でもこれをくっ付けた意図が謎だ。
続く「17」も同路線。ここからはスティーヴ・キプナー作の「hard habit to break」がNo.1ヒット。さらにフォスター色に洗練される。しかし、新境地とも言える「along comes a women」やパンコウ作の「once in a lifetime」が新鮮だ。
そして、個人的に名盤に推す、AOR時代の'86年最高作「18」。ソロで大ヒットを飛ばしたピーター・セテラはとうとう脱退しソロへ転向。看板ヴォーカリストを失う大打撃をくらうも、若きジェイソン・シェフ(vo.b)の加入が意外にもその穴を充分に埋める逸材となった。ここでも外部のソングライターを起用しつつも、力強い「niagara falls」や久々のラム作「forever」、デヴィッド・フォスターが絡んで初めて良かったと思った会心のバラード「will you still love me」は彼の作品の中でも抜きん出ている。「25 or 6 to 4~長い夜」のリメイクはコけたとしても、時代に合わせたポップロック路線はシェフのヴォーカルにピッタリだし、新生シカゴを見事にやってのけたのだ。
「19」はさらにハードさを増し、お得意のバラードで「look away」のNo.1ヒットも産むが、ここまでくるともうシカゴとは言えない別のバンドのようだ。そして、「heart of chicago(20)」のベストで一区切り。'91年「21」の問題作へ。レコード会社の考える売れ筋路線をさらに押し進めたこのアルバムは、ハードポップロックとしてはホントいい出来なのだが、時代の流れというか、ひとつの限界なのか、商業的には全くだったし、シカゴメンバーがレコード会社側にとうとう痺れを切らしたアルバムでもあった。天才ソングライター、ダイアン・ウォーレン作のバラード「explain it to my heart」で幕が開ける。シェフの渾身のヴォーカルが冴え渡るのだが、このアルバム後のツアーでは一切「21」からの楽曲を取り上げなかったという、前代未聞のシカゴの抵抗を考えると何とも複雑だ。
その後のシカゴといえば、メンバー主導で作り上げた「stone of sisyphus(22)」が発売中止となったことをキッカケに各メンバーのソロやオリジナルメンバーでもあるダニー・セラフィン(dr)の脱退、移籍後のビックバンドスタイルで挑んだ「night&day」にクリスマスアルバム・・・と自分が知る限りではそれだけを残して、90年半ばから少なくとも日本国内ではすっかり姿を消してしまった。