農薬を使わずにリンゴを育てるのは絶対に不可能、という学者を含めた世間の常識にひとりで立ち向かった人だ。
常識を疑えという名詞は巷に溢れるビジネス書の決まり文句だけど、現実の常識はそんなに甘くない。
まして彼が相手にしたのは、ある意味で自然の法則だった。
畑には害虫と病気が蔓延し、リンゴの木は壊滅的な被害を受ける。
家族は貧窮に追い込まれ、仲間には白眼視されながら、荒れ果てたリンゴ園で彼は9年の歳月を苦闘を続ける。
彼が寝ても覚めても、リンゴのことを考えていた。
日のある間は畑を這い回り、害虫や病気、リンゴの葉や根の状態から地中の最近にいたるまで、あらゆるものを観察し、試行錯誤を繰り返す。
夜は専門書や論文を貧り読み、自分で調べたデータを分析する。
夢の中でも、問題の解決方法を考えていた。
貧乏はつらかったけれど、そういう毎日は楽しかったと彼は言う。
それは勉強というより遊びのようなものだったと。
学校の勉強が退屈なのは、それがヴァーチャル・リアリティだからだ。
試験問題を解くための勉強は、勉強の予行演習に過ぎない。
勉強とは本来、現実の壁を突き破るための道具だ。
自分の抱える困難を克服する道具として使ってはじめて、勉強の意味と、その面白さがわかる。
勉強とは、自己の限界を超える方法であり、現在の自分には不可能のことを可能にする武器なのだ。
もちろん、勉強の方法はひとつではない。
千人いれば千通りの方法がある。
ただ、ひとつだけ確かなのは、勉強をやめた時、人の成長が止まるということ。
奇跡のリンゴを実らせることなど、未来永劫にできはしない。
木村秋則氏(奇跡のリンゴ)
仕事バカは死ぬまで勉強!
仕事バカは死ぬまで勉強!
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「勉強をやめた時、人の成長が止まる」
その通りだなと思うと同時に、緊張感を覚えました。
自分はきちんと学び続けているだろうかと、まだまだ足りないのではないか。
背筋を伸ばして取り組まねばと気持ちを新たにしました。
すごいな、この人、という人は圧倒的な努力をしている。
当たり前ですね。
ただ、その努力の継続が難しい。
難しいけど、寝ても覚めてもそのことを考えるくらいに意識を高めれば、もしかしたら難しいことではなく、もっと普通のものになるのかもしれない。
「勉強とは、自己の限界を超える方法であり、現在の自分には不可能のことを可能にする武器なのだ。」