以下引用です。
かつて、第三十五代アメリカ大統領J・F・ケネディは大統領就任演説で、
「国民諸君、国家が諸君のために何をなし得るかを問うのではなく、
諸君が国家に何をなし得るかを考えよ」
と述べました。
国民の自由と安全を守ってくれるのは、もちろん国家なのですが、
「それを支えるのは国民であり、その国家のために私たちには何ができるのかという視点を失ってはならない」
とケネディは言っているのです。
今から二千年前、ヨーロッパの地中海で、カルタゴという国が商業によってひときわ繁栄したことがありました。
ところが、カルタゴは、ローマ帝国に戦争で負けて滅亡してしまいます。
滅亡の原因は、軍事力の劣勢、外交の失敗などいろいろありましたが、結局は、
「カルタゴの国民があまりにも個人主義になり、個人の利益を優先して、社会や国の利益を考えなかったことにあった」
といわれています。
そういえば、ドイツがフランスのナポレオンに敗れ(1806年)、滅亡に瀕していたとき、哲学者フィヒテも、
「ドイツの敗北は、多くの国民が、自分の利益のことしか関心を持たなかったためだ」
とカルタゴ滅亡と同じような原因を指摘していました。
「道徳の教科書」渡邊 毅 著
「国民諸君、国家が諸君のために何をなし得るかを問うのではなく、
諸君が国家に何をなし得るかを考えよ」
と述べました。
国民の自由と安全を守ってくれるのは、もちろん国家なのですが、
「それを支えるのは国民であり、その国家のために私たちには何ができるのかという視点を失ってはならない」
とケネディは言っているのです。
今から二千年前、ヨーロッパの地中海で、カルタゴという国が商業によってひときわ繁栄したことがありました。
ところが、カルタゴは、ローマ帝国に戦争で負けて滅亡してしまいます。
滅亡の原因は、軍事力の劣勢、外交の失敗などいろいろありましたが、結局は、
「カルタゴの国民があまりにも個人主義になり、個人の利益を優先して、社会や国の利益を考えなかったことにあった」
といわれています。
そういえば、ドイツがフランスのナポレオンに敗れ(1806年)、滅亡に瀕していたとき、哲学者フィヒテも、
「ドイツの敗北は、多くの国民が、自分の利益のことしか関心を持たなかったためだ」
とカルタゴ滅亡と同じような原因を指摘していました。
「道徳の教科書」渡邊 毅 著
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政治的なことは置いておいて、自分という人間が国に対して何ができるか、社会に対して何ができるか、それをふと考えてみると、目の前にあったやるべきことは何だか普通にこなせることのように感じる。
働いてこういう人たちの役に立ちたい。
この分野の研究をしてたくさんの人を救いたいなど、色々社会に対してできることはあるのではないか。
自分だけの利益を見続けるよりも、国のためにという大きい捉え方をしてみると、意外に予想した以上の力が出るのかもしれない。
時には俯瞰して、なんのためにを考えてみたい。
そうすることで、可能性が広がるのでしょう。