六波羅蜜の意味は分かったけど、波羅蜜って一般的な言葉じゃないけど、鎌倉幕府が作った六波羅探題とか般若心経の『般若波羅蜜多』などに見ることができる。

 

六波羅探題は、鎌倉幕府の職名のひとつで京都の六波羅に使った出先機関である。つまり、六波羅探題の六波羅は、地名である。

 

平安時代に六波羅蜜寺ができたことによって、そのあたりを六波羅と言うようになったらしい。

 

般若心経の一節の『般若波羅蜜多』は、『智慧の完成』と訳される。

また、般若心経と言われるものは、正確には般若波羅蜜多心経と言われる。

三蔵法師がインドから持ち帰った経典を翻訳した600巻のエッセンスをわずか300文字弱で表現しているのが般若心経である。

般若心経には、仏教の教えが凝縮されていると言われるのは、そのためである。

 

六波羅蜜寺があったあたりは、以前は鳥辺野(とりべの)と呼ばれていて、東の鳥辺野、西の化野(あだしの)、北の蓮台野として、京都の三大風葬地であった。

 

そういえば、化野念仏寺は、ドラマ『赤い霊柩車』のオープニングで有名である。

 

葬地ということは、あの世とこの世の境であるから、六波羅蜜寺がこの地に出来たと言われている。

 

さて、『空也上人と六波羅蜜寺』を見た後のミュージアムショップには人だかりであった。

 

ご多分に漏れず、自分も空也上人のクリアファイルと御朱印を購入した。(汗)