311震災後1年
今日は、昨年の東日本大震災から、
丁度、1年経ちました。
自分は、やっと、その直前に今の仕事に
再就職することが決まり、
後は、開始を待つばかりの日々でした。
仕事始めは3月17日からだったから、ほぼ
大震災と共に始まったという感じでした。
しかも、内容は、はじめはピンとこなかったけど、
そのような災害で、ビルや、施設が停電しても、
しばらくの間、その会社等のデータをバックアップする
時間を稼ぐための無停電電源装置の組み込みや点検が
主だったから、自分は運命を感じました。
実際、震災直後に行く場所は、そういう装置が、破損したり、
装置の盤自体が、曲がったりというような場所が多かった。
その後も、企業は、その手の対策にも、力を入れてきてるので
仕事は、どんどん、増えました。
お陰様で、仕事が立て続けで、しんどいです。
今日は急遽、予定されてた仕事がなくなり、休みんでおります。
311の日は、自分は、地元の「MAC」にいました。
皆さんも経験したように、ものすごい揺れと、経験したことの
ないような長い時間。
「MAC」内は、パニックになり、が、自分は皆が出てから
ゆっくりと、ちゃんと、食い終わったものを片付けて
外に出ました。(←どんだけ、律儀じゃ!)
外も、あらゆる箇所が大きく揺れてて、いよいよ、
死ぬのかな?と思いました。
慌てて、家に帰ると、まあ、家はそのまま、建ってました。
しかし、部屋の中は、さすがに、いろんな物が散乱してた。
ツイッターのTLも、その直後からすっかり、ただのつぶやきの
場所ではなくなり、震災に関しての情報の場に変貌しました。
約1か月くらいは、続いたかなあ?
ギャグも、くだらないツイも、不謹慎みたいな空気が流れて、
俺は、それに、逆らってみた。
ツイ見てる人の中で、ツイ見るのも、怖いって人が
けっこう、いたからです。
震災後の原発の爆発には、ほんとに、恐怖でしかなかった。
そして、それらが、まったく、終わっちゃいないってのも、
被災してない自分らも、忘れちゃならないことだと思う。
自分は、幸か不幸か、TVを自由に見れる環境にないので、
繰り返される連日のおぞましいニュースを観ずに
済んだんだけど、やはり、対岸の火事ではなく、
いつ、自分らも、そういう状況下に
おかれてしまうかという事も、常に
頭に入れとかないといけない。
原発の破壊のおかげで、放射能汚染が、すでに、
自分の住む東京にもかなり来てるらしいし、
東京を捨てて、皆、西へ移民だ!
みたいな極論があるけど、
国家がそんな金出してくれるわきゃないし、
その前に、移ったからと言って、
その地に職があるわけじゃなし。
俺は、東京で、骨をうずめることに決めたよ。
確かに、まだ、若い子供たちのことは心配だよ。
だから、彼らが、西の方へ、就職したりしても、
俺は何も、責めたりはしない。
そして、俺は、この日本に悲観してもいない。
この1年で、東北の人たちの顔晴りが、
とてもエネルギッシュに感じる。
そりゃあ、復興まではまだまだ時間がかかるだろうけど
関西の人たちも、阪神大震災であそこまでリバースした。
もちろん、原発はからまないだろ?
って意見もあるだろうけど、
そういうものも含めて、日本人は、
ものすごいエネルギーをもってると思うんだ。
だから、被災してない人たちも、みな、
それぞれのやり方で、復興の後押しをしていこう。
3月11日14時46分
この時間でなくても、
今日は一度は黙祷しよう。
天国に召された方々へ向けて。
そして、生き残ったはいいが、死んだ方が
楽とか思ってる方々も
いまだに、沢山いると思うんだ。
でも、俺は、敢えて言わせていただくが、
負けずに、顔晴ってください!
日本は、そして、東北は、
必ず、立ち直ります!
そう、信じてます!
前を向けば、道は、開けるんだ!

丁度、1年経ちました。
自分は、やっと、その直前に今の仕事に
再就職することが決まり、
後は、開始を待つばかりの日々でした。
仕事始めは3月17日からだったから、ほぼ
大震災と共に始まったという感じでした。
しかも、内容は、はじめはピンとこなかったけど、
そのような災害で、ビルや、施設が停電しても、
しばらくの間、その会社等のデータをバックアップする
時間を稼ぐための無停電電源装置の組み込みや点検が
主だったから、自分は運命を感じました。
実際、震災直後に行く場所は、そういう装置が、破損したり、
装置の盤自体が、曲がったりというような場所が多かった。
その後も、企業は、その手の対策にも、力を入れてきてるので
仕事は、どんどん、増えました。
お陰様で、仕事が立て続けで、しんどいです。
今日は急遽、予定されてた仕事がなくなり、休みんでおります。
311の日は、自分は、地元の「MAC」にいました。
皆さんも経験したように、ものすごい揺れと、経験したことの
ないような長い時間。
「MAC」内は、パニックになり、が、自分は皆が出てから
ゆっくりと、ちゃんと、食い終わったものを片付けて
外に出ました。(←どんだけ、律儀じゃ!)
外も、あらゆる箇所が大きく揺れてて、いよいよ、
死ぬのかな?と思いました。
慌てて、家に帰ると、まあ、家はそのまま、建ってました。
しかし、部屋の中は、さすがに、いろんな物が散乱してた。
ツイッターのTLも、その直後からすっかり、ただのつぶやきの
場所ではなくなり、震災に関しての情報の場に変貌しました。
約1か月くらいは、続いたかなあ?
ギャグも、くだらないツイも、不謹慎みたいな空気が流れて、
俺は、それに、逆らってみた。
ツイ見てる人の中で、ツイ見るのも、怖いって人が
けっこう、いたからです。
震災後の原発の爆発には、ほんとに、恐怖でしかなかった。
そして、それらが、まったく、終わっちゃいないってのも、
被災してない自分らも、忘れちゃならないことだと思う。
自分は、幸か不幸か、TVを自由に見れる環境にないので、
繰り返される連日のおぞましいニュースを観ずに
済んだんだけど、やはり、対岸の火事ではなく、
いつ、自分らも、そういう状況下に
おかれてしまうかという事も、常に
頭に入れとかないといけない。
原発の破壊のおかげで、放射能汚染が、すでに、
自分の住む東京にもかなり来てるらしいし、
東京を捨てて、皆、西へ移民だ!
みたいな極論があるけど、
国家がそんな金出してくれるわきゃないし、
その前に、移ったからと言って、
その地に職があるわけじゃなし。
俺は、東京で、骨をうずめることに決めたよ。
確かに、まだ、若い子供たちのことは心配だよ。
だから、彼らが、西の方へ、就職したりしても、
俺は何も、責めたりはしない。
そして、俺は、この日本に悲観してもいない。
この1年で、東北の人たちの顔晴りが、
とてもエネルギッシュに感じる。
そりゃあ、復興まではまだまだ時間がかかるだろうけど
関西の人たちも、阪神大震災であそこまでリバースした。
もちろん、原発はからまないだろ?
って意見もあるだろうけど、
そういうものも含めて、日本人は、
ものすごいエネルギーをもってると思うんだ。
だから、被災してない人たちも、みな、
それぞれのやり方で、復興の後押しをしていこう。
3月11日14時46分
この時間でなくても、
今日は一度は黙祷しよう。
天国に召された方々へ向けて。
そして、生き残ったはいいが、死んだ方が
楽とか思ってる方々も
いまだに、沢山いると思うんだ。
でも、俺は、敢えて言わせていただくが、
負けずに、顔晴ってください!
日本は、そして、東北は、
必ず、立ち直ります!
そう、信じてます!
前を向けば、道は、開けるんだ!
