先週末から毎日ヒマを見つけては、少しずつミニカーの陳列作業を進行している。
その数を正確に数えたことはないが、大量のミニカーをいったん梱包して移送し、それをまたすぐに開封して列べなおすという作業は、興味のない人からすれば全くもって無駄な行為に思えるだろうが、コレクターにとっては至福のひと時であるし、そもそも文化というものは無駄な行為の中からこそ生まれるものである。
この感覚はミニカー収集癖のある方やF1ファンならもちろんだが、もしそうでなくとも、例えば音楽が好きで大量のレコードやCDを収集してしまうとか、ファッションが好きでつい必要以上の衣類やアクセサリーを買い求めてしまうといった悪癖を持つ方になら、少しは理解してもらえるのではないだろうか?
歴戦の名車から、その陰で歴史の狭間に埋もれた迷車まで、コレクションの一つ一つを開封するたびに、それぞれのマシンがF1史に刻んだストーリーや、そのモデルを購入した当時の若かった自分に思いを馳せる。

1999年型フェラーリF399とマクラーレンMP4/14。
忘れもしない、この2台のマシンは我がコレクションの中でいちばん最初に入手したものだ。
おそらく同世代のF1ファンの多くがそうであったように、1987年のテレビ中継開始をきっかけにF1に興味を持ち、1980年代後半から現在まで、ほぼ毎戦欠かさず観戦してきたが、セナ、プロスト、マンセルらの千両役者が姿を消した1990年代後半のF1はどこか味気なく、当時はシューマッハーやハッキネンやヒルやビルヌーブらを応援する気にもなれず、F1観戦にもいまひとつ熱が入らなかったと記憶している。
1999年のタイトル争いもシューマッハーとハッキネンの一騎打ちになるものと予想していたが、大本命シューマッハーの負傷欠場以降、それまでシューの影としてセカンドドライバーの地位に甘んじていたエディ・アーバインが意外な健闘を見せてタイトル争いに名乗りをあげ、ハッキネンとのポイントリーダー争いは起伏に富んだ予想外の展開になり、それに注目し、久々にF1熱が再点火していた折りにミニチュアモデルカーの世界が存在することを知り、勢い余ってこの2台のミニカーを購入してしまってから、すっかりその魅力に魅了されてしまい現在にいたる。
全てはここから始まったのだ。


その数を正確に数えたことはないが、大量のミニカーをいったん梱包して移送し、それをまたすぐに開封して列べなおすという作業は、興味のない人からすれば全くもって無駄な行為に思えるだろうが、コレクターにとっては至福のひと時であるし、そもそも文化というものは無駄な行為の中からこそ生まれるものである。
この感覚はミニカー収集癖のある方やF1ファンならもちろんだが、もしそうでなくとも、例えば音楽が好きで大量のレコードやCDを収集してしまうとか、ファッションが好きでつい必要以上の衣類やアクセサリーを買い求めてしまうといった悪癖を持つ方になら、少しは理解してもらえるのではないだろうか?
歴戦の名車から、その陰で歴史の狭間に埋もれた迷車まで、コレクションの一つ一つを開封するたびに、それぞれのマシンがF1史に刻んだストーリーや、そのモデルを購入した当時の若かった自分に思いを馳せる。

1999年型フェラーリF399とマクラーレンMP4/14。
忘れもしない、この2台のマシンは我がコレクションの中でいちばん最初に入手したものだ。
おそらく同世代のF1ファンの多くがそうであったように、1987年のテレビ中継開始をきっかけにF1に興味を持ち、1980年代後半から現在まで、ほぼ毎戦欠かさず観戦してきたが、セナ、プロスト、マンセルらの千両役者が姿を消した1990年代後半のF1はどこか味気なく、当時はシューマッハーやハッキネンやヒルやビルヌーブらを応援する気にもなれず、F1観戦にもいまひとつ熱が入らなかったと記憶している。
1999年のタイトル争いもシューマッハーとハッキネンの一騎打ちになるものと予想していたが、大本命シューマッハーの負傷欠場以降、それまでシューの影としてセカンドドライバーの地位に甘んじていたエディ・アーバインが意外な健闘を見せてタイトル争いに名乗りをあげ、ハッキネンとのポイントリーダー争いは起伏に富んだ予想外の展開になり、それに注目し、久々にF1熱が再点火していた折りにミニチュアモデルカーの世界が存在することを知り、勢い余ってこの2台のミニカーを購入してしまってから、すっかりその魅力に魅了されてしまい現在にいたる。
全てはここから始まったのだ。

