生きています。日本に居ます!娘と。


そして今日王様にイランには帰りたくないと言いました。

ちゃんと自分で考えてきてから戻ってきて!といわれてましたので、帰っても前と変わらないと思うよと言ったらはっきり一言言え!と言うので、(またこの調子かぁとがっかり。)帰りません。と言ったら電話を切られました。

日本にいるのでやっと言いたいことも言えました。

一区切りついた気がしたのでブログしました。携帯から書いてます。

日本はやっぱりいい。私も娘も太りました。
イランに沢山物を置いてきたのでもったいないと思いますが、娘がいますから!

どん底から少し根をはりだしているところです。ゆっくり、ゆっくり

 さて、日本は秋も深まりおいしいものも沢山なのでしょう。

ここイランでは柿、なしが並んでいます。甘いレモン、ざくろも。

私は梨はまあまあ好きですがほかのものは手が出ませんので、娘と王様だけ食べています。

日本の果物は、研究に研究を重ねた結果の味。日本人は贅沢ですね。

ここではそのままの味をいただいていますので、柿も完熟でドロドロに近いものをいただいています。(それでも渋い・・)


娘のパスポートを作りにイランの事務所に行きましたが、なにせ時間がかかります。

そして私もイランに6ヶ月以上居たので、外務省に出国の許可をもらわなければなりません。

外国で作ったパスポート保有者はみんなそうです。良く確認してください。


イランに住んでいる人は出国の際、空港利用税が発生(3000円くらい)して、外国に住んでいるイラン人はただですって。

良くわかりませんが、もし、6ヶ月以上イランに滞在していて、急に明日帰りたい、帰らなければならないといった場合、確実に出られません。


今は最後に送ってくれた荷物の日本食材を毎日消費しています。

予定の出国まであと1月くらいでしょうか、置いていくのがもったいないなー。

その出国だって、いつひっくり返されるかわからない。ドキドキです。


ここに戻ってくることは考えの中にありましたが、王様が何かにつけて、自分で良く考えてこい!というので、良く考えれば戻らなくて良いのか・・・。と思うようになりました。

あなたの文句(たいしたことも話していないのですが、私の言動はすべて文句に聞こえるようです)聞いて俺もいつかキレルですって。

はい。戻りませんよ。もう、知りません。戻ってきてといえないのか、言いたくないのか良くわかりませんが今まで王様の逆手に取った発言でいままでどれだけ翻弄され、我慢したか・・・。

なので、もう、同じ後悔は繰り返しません。

この状況だと、戻ってきたところで、戻ってきたのは自分でしょうと言われ続けかねないのです。



無事飛行機に乗るまで私の不安は消えないのです。




いつかしら。日本に行く日を心待ちにしながらも、今後自分がどうするかも考えると・・・・。 帰ってこないんじゃないかと心配 する夫は、不穏な空気が流れるたびに、日本に行ってよくかんがえてきて!とかっていいます。


良く考えたら戻らなくて良いってことかしら・・・。で、溜め込んでいた日本食材をがんがん食べてる私です。今日はちなみにレトルトのお赤飯の素で赤飯にしました。あと、麩の煮物。そして、こころゆくまでせんべい。




このモタモタした世界のイランに対する情勢は、ここの国内を混乱させるようにも思います。

水曜日、イランはアメリカ大使館占拠の日で、大きくパレードします。アメリカに死を!なんてスローガンで。昨年TVでひっきりなしに流した映像は、本当に気分の悪いものでした・・・。


そのひ、もう完全に反体制派となった先日の選挙の際の暴動した人たちは、今回集まるようです。

オバマ、今イランと対話することは、イラン国民にとってあなたも敵だ!といった趣旨の・・・。


あーあ。ここに戻ってきたら、あなたが自分で決めて戻ってきたんだなんて言われるかな。

戻りたくはないけど、来年、仕事復帰のために3人で帰っていいなんてことも言い出して、裏切るのは私。という構図をつくられているような・・・。



でも、まだくるのは早かった。この国。まだ、まだできていない。


先日、真っ黒いチャドールに身を包む女性が並んでいるところに並ばず、入れ替えの隙にレジ。思わず、あんたの信じてるイスラムって何だよ。と日本語そして、愚か者。とペルシャ語で言いました。

王様の弟も、お祈りなんか始めたりして、、、、独身の弟の婚約者は警察官ですって。いやあ、まいった、まいった。国にパンツ見せて、国内の女性を規制しているんだよなー。なんて思いだしたら、会いたくもなくなります。

逆に利用できるかもしれませんけど。

イスラムを信じたり、信じている振りのできない人にとって、ここは今本当に住みにくいかも。


私はイスラムよりも、この国のあり方や、国家意識が大嫌いです。

この国の好きなところは雲ひとつない青空だけ。


ブログに私的な呼びかけさせてください。すみません。

横浜のKちゃん、あなたにメールをしたいんですが、どうしても返ってきてしまいます。なので、このブログのメッセージあてに連絡くれませんか。待っています。コメントじゃないからね。


どん底日々に、希望が見えました。


急に、日本に娘と2人で行っていいと言い出したのです。ここ数ヶ月、徹底的に無表情に、何も考えない振りをし、ただ、ボーっとして喧嘩もほとんどせずにいたことも効果を発揮したように思います。これが一番王様に堪えたようにおもいます。


王様の友人家族の奥様がとても親身になってくれ、旦那さんを通じて私の里帰りを王様にじっくり話してくれました。

プライドの高い王様は、自分の弱みをここでは見せられず、折れました。

兄弟、家族よりも効果的だったのは友人でした。

私は、1年ここにいて、本当に病気になりそうです。と元看護婦さんの彼女に訴えました。彼女は半年日本半年イランが一番だ!などと話してくれました。どこの国でも看護婦さんって強いです。その強さに助けられました。



まだ、いつ日本に帰国できるかわかりませんが、大きな前進と思っています。


今後、私がどうするか・・・。ここに戻ってくるか、来ないか。。。。


3月までに一度も日本にいかれなかった場合、離婚を考え子供を置いていくしかないか・・・?と半ば諦めていたので、行ってもいいよ。の一言で、どれだけ心が躍ったことでしょう。小躍りしたいくらい嬉しかったです。


しかし、あまり喜んでいると、王様にひっくり返されそうなので、神妙に受け入れている振りをしました。


それからは、王様がどうせ日本に行ったら帰ってこないでしょうなんて冗談めいて話していますが、ここに戻るか、どううするか、それは日本に行ってから決めます。私という人間がやっていいことなのか、どうなのか。





イラン・・・・私にとってこの国は何だったのでしょう・・・。そして、これからどのように付き合っていくのでしょう・・・。たった1年でも見えたこの国の矛盾は何なのでしょう。。


まず、娘としての責任?両親に、孫の顔を見せてあげたいという思いは叶えられることに安心しています。


さくら咲くころ妊婦で幸せだった私、次は日本のクリスマスネオンの道をどんな思いで歩くんだろう。


まず、カツどん食べたいな。(笑)




前回のブログ、急にさようならで・・・すみませんでした。


王様が機嫌がよく、私もおとなしいので調子に乗って、パソコンの前に来て、声を出して読み始めたので終わりにしました。邪魔なんだよ。


最近更新ができなかったのは、パソコンの調子が悪いのと、調子が悪いのは私のせいにされて文句を言われていたことなどで精神的に疲れてました。今も、なんだって、イランくんだりまで来て、夫の機嫌をいちいち様子見ながら生活しなきゃならんのじゃー!!! と若干はらわたが煮えくり返る音がしています。


だいたい、自分の都合で人に話しかけて、質問事項には機嫌が良くなければ答えないって何なんでしょう。

私と話すと喧嘩になるとか言われますが、そら、何かがこわれれば人のせいにされたり知らないといえば怒り出すのに、どうやって喧嘩にならないで済むでしょうね。


で、会話しないと言うなら本当にしてくれないのがありがたいのに、自分の都合で話しかける。話さないっていったよな??答えなければ角が立つ。答え方が悪けりゃ不機嫌なんだよそれ。。。。と。相変わらずでございます。


王様は知らないよ。といわれるのがなんだかとってもいやな様子。知らないことに知らないと言っているだけなのに、怒ります。それは最近気がついた。イランでは知らないという言葉の意味がいろいろあるということ、たとえば嫌いな人のことを聞かれて知らないよ。は私は嫌いみたいな意味があるようです。。。


で、日本で何かそんなに知らないよという言葉を根に持つようなことがあったのか??と思っていましたが、単に王様の日本語におけるさまざまなニュアンスの違いと同じように、私の知らないよのニュアンスが通じていないということですわ。今度から何も答えないようにします。私は聞かれたら、責任をもって答えようとするのでそれがあだになってます。