いぎなり東北産のひかるんこと律月ひかるさん。
その声、しゃべり方、キャラクターなどから色々誤解をうけるてるかもしれないが、非常に聡明な人だと思う。彼女のブログを読むとそれが判る。ブログのタイトルのつけ方、本文中の言葉の選び方使い方、ユーモアのセンス。いつも感心してしまう。
そんな彼女の7月31日の誕生日のブログhttps://ameblo.jp/madeintohoku/entry-12614646928.html?frm=themeについて少しだけ語ってみよう。
まず、その内容が素晴らしかった。いつもよりユーモアは控えめだったが、それは彼女が19才の誕生日という日に何をどういう形で伝えるか考えた結果だと思う。
それは文章の書き方にも表れていた。気づいた人もいるかもしれないが、この日の律月さんの文章は、改行するたびにきちんと冒頭を一文字を下げて段落を作っているのだ(一文字というか半角スペースになってはいますが)。これはこの日のみの書き方で、いつもはこうじゃない。
もし気づいていなかったなら、今一度律月さんのブログを確認してほしい。こういった丁寧な文章作法で書かれていること自体が、彼女の、この日のブログに対する姿勢が表れていると思うのだ。(実はこの文章もそれを意識して書いています)
そして生み出された言葉、ひとつひとつのセンテンスが輝いていた。
例えばこの一文。
ひかるにとって17才は特別で、ずっと17才になるために生きてきたから、17才が終わってからどうやって、何を目標にして生きたらいいのか分からなかったけど、とても楽しくてキラキラな1年でした。
17才に憧れていて、はやく17才になりたかった、という様な表現は世に数多ある女の子の文章で散見されると思う。
しかし彼女は、“17才は特別で、ずっと17才になるために生きてきた”と言うのだ。ある特定の年齢になるために生きてきた、なんて表現の仕方を出来る人は律月さん以外にいないのではないだろうか。
そして極めつけは以下の文章。
小さい頃は、このくらいの年になったらなんでも知っていると思ってたけど、実際19を迎えてみても中身はそんなに変わっていないし、知らないことだらけです。
ひかるが知ってるのは、雲はわたあめでできてるってことくらい。そのくらいかな、あとはなんにも知らない。でもこれでいいの。ひかるにとって大切なのはこれだけだから、これだけ知ってればひかるはひかるで居られる^^
前半の文は、ソクラテス哲学における「無知の知」であることは、賢明な諸兄においてはご理解いただけてると思う。彼女はこれだけ聡明なのに(聡明であるからこそ)、「自分が知らないことだらけである」という事を自覚しているのだ。自分が19才の頃を振り返ってみると、律月さんに比べてその幼稚さに恥ずかしくなる。
そして、後半部分。
“知ってるのは、雲はわたあめでできてるってことくらい。”
あゝ、素晴らしい。
前半の、知らないことだらけ、という文章に対して出してきたのがこの言葉。当然、彼女は雲がわたあめでないことは知っているのだけど、“アイドル律月ひかる”は、雲がわたあめだという“事実”を知っているのだ。この矛盾を内包した一文に感動するのは私だけではないと信じたい。
そしてそれに続く言葉
“あとはなんにも知らない。でもこれでいいの。ひかるにとって大切なのはこれだけだから、これだけ知ってればひかるはひかるで居られる”
彼女の哲学である。知っていること、知らないこと、知っているべきこと。律月ひかるが律月ひかるでいるための哲学。
律月さんは以前のブログで文章を書くのは好きだと書いていた。この日の文章も適当に書いて偶然出来上がったものではないことは明らかだ。怜悧な彼女からのメッセージなのだ。
これ以上の言葉は彼女のこの美しい文章を色褪せさせてしまう様な気がする。
よって、今回はこれで終了。
律月ひかるさんの19才が輝かしい一年でありますように。
それでは。