大学からの帰り道、便箋を拾った。郵便番号も住所も書かれていないけれど、ポツリと『誰かへ』とだけ小さく書いてあった。
日が落ちて誰も通らないような裏路地で、慎重に封を開ける。電灯の明かりに中身を晒すと、入っているのは二枚の紙。手紙のようだった。
文章に視線を落とす
『この手紙を読んでいる誰かへ
こんな、人が通らない道でこの文章を拾ってくださったことに感謝します。そして、どうか最後まで読んでいただきたいのです。
この文章は、私の不満を書きしたためたものです。手紙などとは呼べないかもしれません。
私は卑屈な女です。
小さい頃から内気な性格をしていたがために、人間関係を作れませんでした。自信を持って友人と言えるのは、片手で数えられるほどしかおりません。
私は、ジメジメして暗い、と罵られるような女でした。
小学生の頃は、イジメを受けていました。私は、ただ本を読んでいただけなのに。
バケツいっぱいの水をかけられました。
給食に砂を入れられました。
机に落書きをされました。
体育館の倉庫に閉じ込められもしました。
すぐに問題になったので、私は遠くへ引っ越すことになりました。』
1枚目の手紙らしきものが終わる。続きを読むか迷ったが、律儀に読むことにした。
『それからもイジメを受けましたが、中学受験をして、頭の良い学校へ行くと、私がイジメを受けることはなくなりました。友人が出来たおかげでもあるのでしょう。
けれど、嫌がらせを受けることはありました。イジメに比べればどうということではありませんでしたが、それでも不快ではありました。
私は、まるで部屋の隅にでも居るようでした。ただ生きているだけなのに、いつでも誰かの悪意に曝されていました。
それは今でも変わらないのです。
決して良い人生などではありませんでした。卑屈な私は、夜になるとひどい虚無感に襲われます。
一人の夜があまりにも怖いのです。
このような文章を読み切ってくれたあなたに、どうかお願いがあるのです。私に会いに来ていただけないでしょうか?』
そこで文章が途切れていて、裏に住所らしきものが記されてある。
会おうか? 見れば、ここからそう遠くないようではある。
この手紙から漂う、書き手の不思議な雰囲気。不気味であるが、何か非日常的な香りを感じる。
一種の好奇心か、はたまた怖いもの見たさか。その手のモノに背中を押され、俺はスマートフォンのマップアプリに住所を打ち込み、音声案内を起動させた。
二、三十分程で目的地についた。
貧相な印象の、大きなアパートだった。
部屋番号もきちんと書かれていたから、迷うことなく彼女(?)の部屋へとたどり着いた。
何か浮ついた気持ちと、ここまできた勢いでインターホンを押した。
「どちら様でしょうか」
瞬き2回の後に、凛とした声が返ってきた。手紙の鬱々とした印象に似つかわしくない、心地よいハイトーンの声だ。
今更、緊張を覚える。
「手紙を、読みました」
「あぁ.......」
悲嘆とも、安息とも取れるため息だった。すぐに解錠の音がして、「どうぞ」と例の声が言った。
唾液を飲めるだけ飲み干して、ドアを開ける。
果たして、そこに居たのは
世界の中心の如き、可憐な女だった。