日本には古来より“言霊”という言葉があります。

人の発する言葉には魂がこもるとされることから生まれた言葉です。

インターネット社会と言われるようになった昨今、この言葉の重みをより感じることもあれば、逆に軽く見てしまうこともあるように思います。

誰もが手軽に、気軽に自分の意見を投稿できるようになったメリットとデメリット。そのデメリットのほうですね。

顔が見えない場所だから、余計強気になってものを言える。それを特定できないため、あえて挑戦的な態度でコメントをするなんてことをよく見るようになりました。

今では「ネチケット(ネットエチケットの略)」なんて言葉も死語のようにまったく聞かなくなり、逆に「○○ハラスメント」をあちこちで聞くようになりました。

 

ほんの数年前まではこういったことはネット社会だけの話だったように思います。

それが今ではどうでしょう。現実社会にも浸透してきているように思うのは僕だけでしょうか。

ネットでの誹謗中傷を発端に、特定の個人を文字通り袋叩きにする。そんな光景をより見るようになったように感じます。

最近ではニュースやワイドショーで報道された一般人の個人情報を晒す「私刑(しけい)」なんて言葉まで生まれています。

まさにネットの仮想世界と現実世界の境界がなくなった状態といえるでしょう。

それが一般人だけならまだいいのかもしれません。

最近ではそれがテレビ局や週刊誌などのいわゆるメディアにまで浸透しているように感じてなりません。

 

先日問題となった相撲協会の件然り、政界のモリカケ問題、そして旬なところではTOKIOの問題など。

数年前までのメディアはここまでしつこく報道していたでしょうか。

視聴者が「飽きた。もう聞きたくない。」というほど根掘り葉掘りやっていたでしょうか。

僕にはそんな記憶はありません。そんな人にまで聞く?ということが多いような気がします。

 

今日のお昼に放送されたTOKIOの会見、ご覧になられた方も多いのではないでしょうか。

あの4人の表情を見て、どんな印象を受けたでしょうか。

単にメンバーが起こした不祥事だけのせいであれだけやつれた表情になっているとはとても思えません。

会見でも連呼していましたが、被害者や加害者だけでなく、メンバー含め全員がまさに憔悴しきった表情といえるでしょう。

 

状況も然ることながら、あれほどまでになるには日々ストレスになる言葉を聞いたりかけられているためと思います。

状況的に致し方ないことかもしれません。ですが、言葉のみであれだけ人を追い詰めることができるということ、本当に理解してほしいです。

たまの報道であります。いじめが苦で自ら命を絶ったという痛ましいニュースを。あれも暴力をうけての結果なのでしょうか。

すべてとは言いませんが、恐らく比重を占めるのは言葉の暴力ではないでしょうか。ことばとはそれほど重いものなのです。

 

 

話は変わりますが、僕にはもうすぐ3歳になるこどもがいます。

なんでも自分でやりたい盛りです。

例えば、食事のあとに自分で食器を下げに行くとか。例え、遊んだあとのおもちゃを自発的に片付けるとか。

そのときはおもいっきり褒めてあげます。

「えらいねー!すごいねー!よくやったねー!」と。すると満面の笑みと、得意気な表情を見せてくれます。

言葉ってこんな小さな子にも通じるものなのです。

逆にいたずらしたときには語気を強めて叱ります。当然、怒られたことを理解して泣きます。

これ、普通のトーンで言っても怒られているのがわかるようで泣くんです。言葉ってそれほど強大なものなのです。

 

使い方次第で良くも悪くもなるもの。まさに諸刃の剣なのですね。

それを理解して、できることなら華やかな気持ちになれる方向で使ってもらいたいものです。