春、銀座にて | エヴァーグリーンをさがして。

エヴァーグリーンをさがして。

Do you still love and respect the world? Also, Have you found what you were looking for?

あたたかい。
もう春はそこまできている、と生温い風が肌に教えてくれた。
ぽかぽか陽気に恵まれて、この日を待っていた、といわんばかりに人が休日の銀座を賑やかに埋め尽くす。
それはそれは、平和な光景。

映画「かもめ食堂」の公開初日。
私は彼女と二人でその映画を観ようと、一路、銀座を訪れていた。
映画館の前は長蛇の列。

うわ。
普段並ぶのを嫌う私は、その殺風景を前に、これは試練だぞ、と言い聞かせた。
それは隣の彼女も同じだが、私の気持ちを察して、しょうがないね、と私に大人な発言をくれた。
そういう時は私も一人の大人になる。
後尾に付くやいなや、誘導員の女性は申し訳なさそうに「定員は340名まででございまして、もうその人数に達してしまいましたので申し訳ありませんが...」
これじゃ生殺しだ、と思いながらも、

しょうがないね、次の上映にしよっか。

二人の大人は次の上映までの間、銀座の街を楽しむことにした。
来る度に思うのだが、銀座の街というのは不思議な力があって「大人」を意識させてくれる街だ。
歩く一つとっても背筋がしゃきっと伸びて、なんだか凛とする。
昔憧れた銀座。当時の自分には想像に難い敷居の高い街であり、それが現に大人になった今、彼女を連れて
当たり前の如く此処にいる。時の流れというものは不思議なものだ。

遅いランチを摂り、彼女の案で映画館には上映の1時間も前には着いた。流石に人は疎らかと思いきや甘い甘い。それでも椅子に座って待つことができた。あっぱれ。
「かもめ食堂」に対する彼女の強い意気込みが感じられた。よほど楽しみにしていたんだろう。
この映画の誘いを受けた時、私は一言返事で快くOKした。なるほど興味を惹く内容だったからである。
邦画を観るために映画館に足を運ぶ機会が洋画に比べ極端に少ない私だけれど、これはひと味違う印象を受けた。小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ、といったクセのあるキャストに加え、北欧はヘルシンキを舞台に日本人が「食堂」を開いてその奮闘を描いた内容らしいということで、素直に観てみたいと思った。原作は群ようこ。
上映。館内には終始笑いが起き、実にほのぼのした気持ちにさせてくれるいい映画だった。
北欧のきれいな町並みや自然も随所に登場し、その点でも楽しむことができた。
彼女は劇中のお店で使われていたイッタラ社製の黒い鍋が欲しいと言っていた。これでポトフでも作ってくれるのかな。

映画館を後にした大人の二人は買い物でもしようかということで再び銀座の地上に繰り出した。
ー結局、私はヘルムート・ラングのスエード靴を一足購入した。
春だし、という季節を口実にしたお決まりの文句を口にして自分を納得させる。
季節が移っても履くくせに。彼女からは★4つと半分という評価がくだる。
彼女はこれといったものが見つからなかったらしく、今日はいいやといった具合いだった。

ちょっと背伸びをして銀座の鮨屋に立ち寄った。大人なので。
二人でカウンター席の鮨屋の暖簾を潜ったのは今日が初めてだった。
店に入るなり、板前が威勢よく迎えてくれた。異空間に入り込んだような感覚。
少しの緊張はすぐに酒が解きほぐしてくれた。会話も弾み、ひとつひとつ注文する鮨ネタは会話の句読点の役割を担った。最後はウニで〆ようと思っていたが、ほろ酔いでそれさえ忘れていた。

帰り際の路上、彼女が馴染みの深い陶芸作家の方(+旦那さん)に出くわし、彼女は陶芸作家の女性に詰め寄っていった。感激している姿にこっちまでなんだかうれしくなった。私は初対面の二人にお辞儀をし、彼女作のコーヒーカップを愛用している旨を告げると、彼女は笑顔で感謝してくれた。
素敵な夫婦だった。その姿に惹かれた帰り道、自然と結婚の二文字を考えている自分がいた。