広島県のとある山の中にある実家に帰ってきました。
東京と違い、空気がおいしいし、車も走っとらん。
常に虫と鳥の鳴き声が聞こえるんが、うちの特徴じゃ。
店も信号も、半径5キロ以内になく、山の頂上にあるけぇ、
涼しいけぇ、クーラーもいらず、とにかくだらけるには最高の場所じゃ。
所謂、これまでの東京での生活と真逆で、一種のsur-realismと安堵感の狭間にいる気分です。
さて、俺は東京で3ヶ月間、就活を続けよったけど、満足のいく結果を得れんかったけぇ、
このまま継続することにしました。
継続、っていっても、ボストンで催されるキャリアフォーラムに参加するだけなんじゃけど。
その過程で、一つの疑問を抱いた。
良い人生や、良い生活の一般的なイメージは、大企業でバリバリ働いて金稼いで、
できる人間として、周りに崇められること、ってのがなんとなく感じることじゃ。
例えば、周りと接してみても、難関企業と言われる企業で働いとる人間は一目置かれる。
特に昭和的価値観を持つ、40、50代の人間は、そういった価値観が色濃く投影されとる。
自分の好きなように、周りの目を気にせず生きようとしたら、
大企業とかキャリアとかに全く興味を持たんじゃろうけど、
周りとの調和や世間体があるけぇ、みんな同じレールを歩きたがるんじゃろうの。
就活しながら、その疑問は払拭できず、むしろ徐々に存在感を増した。
就活のように人生の目的探しのような作業をするとき、その目的が明確でなく、
むしろ疑問を抱く時、自分の存在価値に疑問を感じ、
面接という機械的な作業に嫌気が差す。
じゃけぇ、面接時に人事に上記の質問を投げかけてみるが、適当に避けられる。
会話しに来とるのに、自己PRしろ、とか言う時点で立場が同等でない。
全てを享受することのできる器があれば、卒なくこなせることじゃろうけど、
残念ながら、そんな疑問を感じとって、そこまで寛容さを持ち合わせてない俺にはできんことで、
実力も備わっとらんこともあり、敗退を繰り返した。
何言っとるか、自分でも分からんけぇ、考えがまとまったら、また書きます。
明後日から、長崎の五島に行きます。
海に潜れば、いろんな色の魚がいっぱい泳いどって、イルカとかもおる綺麗な島です。
ちょっと、夏の疲れを吹き飛ばしてきます。
では。
UTA