救済を完了した球が動き出す(規則14.3cの⑴ )

             (2023年版規則9.3例外2)

2019年2月4日

追記 2023年7月24日

 

救済エリアに球をドロップ(プレース)することについて,参考となる事例が発生したので急遽取り上げたいと思います。

 

1 2019年2月3日米国男子 ウェイストマネジメント・フェニックスオープン・最終日 TPCスコッツデール(アリゾナ州) 7261yd(パー71)のことです。雨が降っている最中に,11番においてリッキー・ファウラーが3打目で30ヤードのアプローチをグリーン奥の池に入れました。そこで1罰打でドロップの救済を受けました。次は5打目となるはずでした。ところが,ドロップした球はかなり傾斜のあるライであったのに,ファウラーは土手を駆け上がりグリーンを確認に行ったのです。その間に風雨の影響もあったのでしょう,再び球が動き出し池に入ってしまったのです。

  私がゴルフを始めたころ,砲台グリーンのバンカー上の傾斜した芝草に,球がかろうじて止まっている状況がありました。同伴していた先輩が,バンカーの顎は,歩くと振動するから,そっと近づいて,方向も距離も関係なく,ともかく早くグリーンに乗せることだ。もたもたしていると球がバンカーに落ちるぞ,とアドバイスをいただきました。忠告を守ったので事なきを得ました。先輩は,いつまでもあると思うな親と金(球)と言っておりました。

 

2 それにしても,5打リードでトップを走っていたファウラーの行為は迂闊であったと言うしかありません。風雨の激しい中,不安定なライと危険な箇所にある球を放置したまま,土手を駆け上がったのです。グリーン上を確認している場合ではありません。

  私が問題にしたいのは,ファウラーの行為ではありません。ファウラーは,再度のドロップをして,6打目でグリーンに乗せ,1パット7打でホールアウトしました。7打目のパットには,すごい気迫が感じられました。

 

3 私は2月4日早朝のゴルフ専門チャンネル ゴルフネットワークで以上を観戦していました。実況アナウンサーは,田中雄介氏,解説は内藤雄士氏でした。

  田中雄介氏は2度目のドロップ後のストロークについて,「え!,これはもしかしたら6打目になるのでしょうか。5打目ではないのでしょうか。」と言って,新しいゴルフルールの多分9.4aの規定,もしくはパッティンググリーン上の規定などを持ち出して,このトリプルボギーはもう確定したものなのでしょうかとも言っておりました。ファウラ―に起きたことが余りにも不運で,気の毒と感じたからと思いますが,内藤雄士氏の解説も同じようなものでした。

止まっている球が,雨や風の自然の力で動き出した場合,球はあるがままでプレーすることは,旧ゴルフ規則も,新ゴルフ規則も変更などありません。例えば,パッティングググリーン上に止まった球が,風によって動き出しホールドしたら,最後のストロークでホールドしたことになるのは当然です。しかし,ゴルフ規則9.3の例外―,及び13.1d ⑵に唯一,「パッティングググリーン上ですでに拾い上げてからリプレースしていた球について,外的影響ではなく,自然の力が球を動かしたとしてもその球は元の箇所にリプレースしなければならない。」という旧ゴルフ規則とは違う考えの基に,今までになかった規則が規定されました。この規則が新設された趣旨などについては後日詳論します。

 

4 実況アナウンサー田中雄介氏や著名なレッスンプロ内藤雄士氏までが,なんで以上のような疑問を持ったのでしょうか。以下順を追って説明したいと思います。

 

 ⑴ 規則9.3は,自然の力が動かした球について,

自然の力(例えば,風や水)が止まっているプレーヤーの球を動かす原因となった場合:

・罰はない。そして,

・その球を新しい箇所からプレーしなければならない。」

としています。旧ゴルフ規則にはこの規定すらなかったのです。

 それでは,3打目で30ヤードのアプローチをグリーン奥の池に入れて,そこで1罰打でドロップの救済を受けた球は,規則上どういう状態であったか検討すると,規則14.3cの⑴に何時救済が完了したか規定があります。

「球を正しい方法でドロップし,救済エリアに止まったときにプレーヤーは救済を完了したことになる。

・球が救済エリアに止まった場合,プレーヤーは救済を完了したことになり,その球をあるがままにプレーしなければならない。」

 つまり,最初に1罰打でドロップの救済を受けた球は,救済エリアに止まったときにインプレーの球になるのです。その球が再度自然の力(例えば,風や水)で池に落ちたのですから,規則9.3が規定するとおり,その球を新しい箇所,即ち池の中,もしくは2度目の救済を受けてプレーしなければならないのは当然です。

ここで注意しなければならないのは,風や雨によって木の葉や枝が飛んできて球を動かした場合です。

規則9.6は外的影響がプレーヤーの球を拾い上げたり,動かしたことが分かっている,または事実上確実な場合

・罰はない。そして

・その球を元の箇所にリプレースしなければならない。

   としています。そこで,外的影響の定義には「すべての自然物」とあります。

西部劇によく出てくる回転草(タンブルウィード)は,アメリカのゴルフ場にもよく現れるそうですが,回転草は明らかに自然の力で動いていますが,回転草という自然物によって止まっている球が動かされたとしているのです。つまりブルーシートが飛んできた場合と同じと解釈しているのです。

 

 ⑵ アナウンサー田中雄介氏や内藤雄士氏が,混乱したのはなぜでしょうか。私はその原因はゴルフ規則にあると思います。

   外的影響〈Outside Influence〉の定義を見てください。

「プレーヤーの球,用具,コースに起きることに影響を及ぼす可能性のある次の人や物:

  ・すべての人,ただし,プレーヤー,またはそのキャディーを除く。

  ・すべての動物。そして

  ・すべての自然物,人工物やその他の物。ただし,自然の力を除く。」

  とあります。

   確かに,球をストロークしたプレーヤーやそのキャディー自身を外的影響というのはおかしいかもしれません。更に,ストロークした球に影響を及ぼすのが当然な,風や水に当たることを,わざわざ球が外的影響に偶然に当たったとして,誰にも罰はないと規定したら,お前は馬鹿かといわれるでしょう。野球のことはよく知りませんが,「追い風に煽られてスタンドに入った球でも,同じくホームランである。」という野球規則があったら間違ってはいないが,何を馬鹿なことをと思いませんか。

 

 ⑶ ゴルフ規則は原理原則を過度に重視しているのです。プレーヤー自身やそのキャディーを外的影響というのはおかしいかもしれませんが,風や水に至っては,外的影響以外の何物でもないのに,外的影響の定義から,「ただし,自然の力を除く。」としているのです。その理由は,風や水そのものの影響で止まっている球が動かされた場合と,風や水によって飛ばされたブルーシートや木の葉や枝が止まっている球に当たって止まっている球が動かされた場合の処置を同一にできないからです。

   「球が自然の力(例えば,風や水)の影響を受けても誰にも罰はない。その球を新しい箇所からプレーしなければならない。」ということは,スポーツの本質で,もしそれを規定したら,「追い風に煽られてスタンドに入った球でも,同じくホームランである。」と規定したのと同じことなのです。それゆえ,ゴルフ規則は,理屈の方を優先し,自然の力(例えば,風や水)は,外的影響ではないとしているのです。

   理論上はそのとおりでしょう。しかし,他の球技においては,球やボールが常に動いているのに,ゴルフ競技は,球が停止している時間の方がはるかに長いのです。球が停止している間に,実にたくさんのことが起こり,規則はそれらの事象について,処置が異なり,罰打の対象となることもあるのです。

   球が飛翔している間に風雨の影響を受けた場合については,誰でも無意識に理解しています。こと,ゴルフは球が止まっている間に自然の力の影響を受けそれが問題となる場合が,野球やサッカーと比べるとずっと多いのです。したがって,「球が動いていようが止まっていようが,自然の力(例えば,風や水)の影響を受けても誰にも罰はない。その球は新しい箇所(最後に止まった箇所)からプレーしなければならない。」という,当然すぎる規則が必要なのです。

 

 ⑷ 即ち,ゴルフ規則は,プレーヤーは外的影響ではないと定義していますが,同じゴルフ規則で,プレーヤーに球が当たっても外的影響に当たった場合と処置は同じで,何の罰もないことになっています(2019年改正)。つまり,理論どおりでは不都合なことになってしまうので,同じゴルフ規則の中で補正しているのです。

また,自然の力(例えば,風や水)は,外的影響ではないと定義していますが,風や水によって動かされた人工物(ブルーシート)や自然物(木の葉や枝)はまさに外的影響で,それらが球に当たって止まっている球が動かされた場合は,9.6によってリプレースすることになります。

 

 ⑸ これは規則をもっと分かり易く改正する以外ありません。ゴルフ競技は,球が飛翔している時間より停止している時間の方がはるかに長く,球が停止している間にたくさんのことが起こり,規則は,それらゴルフ特有の事象を十分考慮して改正すべきと思います。

 

5 今回の件は,幸いにもリッキー・ファウラ―自身は,再度のペナルティーが当然と理解していたようで,レフリーに対しても何ら抗議などはしていなかったように思います。もし,規則を誤解して,これはおかしいなどとレフリーと遣り合っていたら,7打目のかなり長いパットをねじ込むことは出来なかったのではな

いでしょうか。

余談ですが,「いつまでもあると思うな親と金」には,「いつまでもないと思うな運と災難」という下の句があるそうです。            以上

 

追記:

 2023年の改正でドロップ,リプレースした後に,止まっている球がコースの他のエリアやO.B.に移動した場合,その球を無罰で元の位置にリプレースできることになりました(2023年版規則9.3例外2)。ここで注意しなければならないのは,ドロップ,リプレースした後に止まっている球が「コースの他のエリアやO.B.に移動した場合」だけで,同じコースエリア内で移動してもリプレースできないということです。

 また,パッティンググリーン上でリプレースされた球については,規則9.3例外1によります。

池の周りにドロップする場合,ボールが不安定な停止状態になることが多いので妥当な改正と思います。正に先に述べたリッキー・ファウラーの事例がそれにあたります。