挑戦するチャンス
私のニュージーランドに留学している15歳になる甥っ子が一時帰国しました。
彼は小さな時から非常に厳しい環境で育っており、自分と重なるところが多く、彼が小さい時から彼の相談相手になれるように努めてきました。
彼は自分自身に自信がなく、まさに私が彼の年齢と同じときと同じ心境。
子供であれば自信がないということにさえ気がつかないかもしれませんが、絶えず人と比べられ、劣っているところを指摘されるという環境においては、意識をするようになるのです。
私もそれゆえファッションや身なりに非常に気を使い、自分の努力ではどうしようもない劣っている身体的な弱点をできるだけカバーしようと頑張ってました。(誰ですか!今の私のファッションセンスはそれほどでもないと言っている人は!!)
そのような中、私はそのようなコンプレックスに立ち向かう様々なチャンスに出会うことができました。
中学の時に出会った少林寺拳法も、ブラスバンドのクラリネットも、大学2年時の大きな挑戦も、今となっては自分を支えてくれた大きな財産です。
これらのチャンスは切っ掛けこそ自分で見つけたかもしれませんが、それを続けられるように仕向けてくれた両親や友人、お世話になった皆さんのお陰と今となっては振り返ることができます。
それとチャンスをくれたことと同じように私は甥っ子にチャンスを提示しています。
でもこのチャンスも掴むか、掴まざるかは、その本人次第。
私の幼少期は運よくそれを掴んだため、今のところよい方向に向かってますが、甥っ子が掴むか否かは未知数です。
このことは我々にも通じるところがあるのではないでしょうか。
与えられたチャンスを「面倒くさい」と思うか「自分に与えられた幸運」と思うか。
意外と多いのは、一方的に与えられたと思っていること。
でも決してそんなことはないのです。
チャンスは切っ掛けでしかないのです。そのチャンスを「モノ」にするためには継続した努力が必要です。だから自分自身で決断して努力することを自分自身のためにコミットすることが重要なのだと思います。そうして努力した結果は自分自身のモノになるのです。
なぜなら、やるのも、やめるのも、自分自身の判断で、現在の日本では、できてしまうからです。
様々な理由をつけて決断しない人がたまにいます。(拒否すると収入がなくなる等・・・)
でもそれは単なる言い訳にしか過ぎないと私は見ています。
なぜなら私がそれを経験してきたからです。自分自身が様々な理由を盾にして実行しなかったことが多くあります。いろいろな大きな理由をつけて実行しないことは、結果的に大きな理由をつけることで決断を引き延ばす以外の何物でもないということなのです。それをしている限り、自分自身の人生に、自分自身で責任を持つことはできない、ということに他ならないというのが私の持論です。
今後様々な多くの想定外のチャンスが舞い込んでくると思います。
そのときには「甥っ子もがんばってるんだから、俺もがんばるぞ!」と気持ちを引き締めたいともいます。
皆さんも是非、これを機に自分が頑張ってきたこと、やり抜いたことを思い出して、これから来る新たな機会に率先してトライしてみてください。
彼は小さな時から非常に厳しい環境で育っており、自分と重なるところが多く、彼が小さい時から彼の相談相手になれるように努めてきました。
彼は自分自身に自信がなく、まさに私が彼の年齢と同じときと同じ心境。
子供であれば自信がないということにさえ気がつかないかもしれませんが、絶えず人と比べられ、劣っているところを指摘されるという環境においては、意識をするようになるのです。
私もそれゆえファッションや身なりに非常に気を使い、自分の努力ではどうしようもない劣っている身体的な弱点をできるだけカバーしようと頑張ってました。(誰ですか!今の私のファッションセンスはそれほどでもないと言っている人は!!)
そのような中、私はそのようなコンプレックスに立ち向かう様々なチャンスに出会うことができました。
中学の時に出会った少林寺拳法も、ブラスバンドのクラリネットも、大学2年時の大きな挑戦も、今となっては自分を支えてくれた大きな財産です。
これらのチャンスは切っ掛けこそ自分で見つけたかもしれませんが、それを続けられるように仕向けてくれた両親や友人、お世話になった皆さんのお陰と今となっては振り返ることができます。
それとチャンスをくれたことと同じように私は甥っ子にチャンスを提示しています。
でもこのチャンスも掴むか、掴まざるかは、その本人次第。
私の幼少期は運よくそれを掴んだため、今のところよい方向に向かってますが、甥っ子が掴むか否かは未知数です。
このことは我々にも通じるところがあるのではないでしょうか。
与えられたチャンスを「面倒くさい」と思うか「自分に与えられた幸運」と思うか。
意外と多いのは、一方的に与えられたと思っていること。
でも決してそんなことはないのです。
チャンスは切っ掛けでしかないのです。そのチャンスを「モノ」にするためには継続した努力が必要です。だから自分自身で決断して努力することを自分自身のためにコミットすることが重要なのだと思います。そうして努力した結果は自分自身のモノになるのです。
なぜなら、やるのも、やめるのも、自分自身の判断で、現在の日本では、できてしまうからです。
様々な理由をつけて決断しない人がたまにいます。(拒否すると収入がなくなる等・・・)
でもそれは単なる言い訳にしか過ぎないと私は見ています。
なぜなら私がそれを経験してきたからです。自分自身が様々な理由を盾にして実行しなかったことが多くあります。いろいろな大きな理由をつけて実行しないことは、結果的に大きな理由をつけることで決断を引き延ばす以外の何物でもないということなのです。それをしている限り、自分自身の人生に、自分自身で責任を持つことはできない、ということに他ならないというのが私の持論です。
今後様々な多くの想定外のチャンスが舞い込んでくると思います。
そのときには「甥っ子もがんばってるんだから、俺もがんばるぞ!」と気持ちを引き締めたいともいます。
皆さんも是非、これを機に自分が頑張ってきたこと、やり抜いたことを思い出して、これから来る新たな機会に率先してトライしてみてください。