ひとの年齢 | アイデスの社長日記

ひとの年齢

私は立場柄、採用面接で様々な方とお会いします。

ハッピーな関係が長く保てる方とご縁がありますように!という気持ちでお会いしてます。

応募者の中には「採用してほしい!」という気持ちが先行され、過大にご自身をアピールされてしまう方も多くおられますが、仮にそれで採用されたとしても長続きはしません。結果的に履歴書に傷をつけるだけで、その後の就職活動の大きな足かせになってしまうだけです。

さて、私は面接を通していくつかのことを確認させていただいてます。その中のひとつが年齢を見てるということです。ただ見ているのは実年齢ではありません。私が見ているものは「経験年齢」です。この言葉は私の造語ですが、人間には実年齢以外に経験年齢があるというのが持論です。ある人が一定時間に経験できる量を100とした場合に、目の前にいる人はいくつなのかということを見ます。それが実年齢に対してどうなのかという評価をします。

若い方でも経験年齢が豊富で人間としての深みを感じる方も多くいらっしゃるし、年配の方でもいまだにガンガン経験年齢を増やしていらっしゃる方もいます。

その方々に共通していることはチャレンジしているということと、勉強されているということです。

チャレンジと勉強は車の両輪みたいなもので、どちらがひとつでも欠けても成り立ちません。

チャレンジすると壁にぶち当たります。そのときに助けてくれたり、ヒントをくれたりするのが過去に蓄積した知識です。知識は勉強しないと蓄積されません。またチャレンジするモチベーションは知識から得られることもあります。

中にはチャレンジしたくはなかったけど、チャレンジせざるを得ない環境にたたされる方もいらっしゃいますが、それを乗り越えた方は勉強されている方です。

日頃勉強をされている方は、勉強したことがご自身のからだの中に染み込んで、自分自身の意見として昇華していますが、土壇場になって知識を詰め込んだ場合、単なる情報にすぎず奥行を感じません。

つまり勉強をすることが習慣になっている方は経験年齢が高い場合が多く、その逆もまた然りというのが私の考えです。

面接を通して類似性の要因の確認をさせていただいてます。最終的に似たもの同士が集まります。私が一緒に仕事をしたいと思っている方はチャレンジと勉強の両方をされている方です。そして当社で更なるチャレンジをしたい!という方です。

それを会社に入って時間が経過しても継続できる方が本当の人財だと思ってます。