興味と経験は嫌いなものを受け入れる特効薬?? | アイデスの社長日記

興味と経験は嫌いなものを受け入れる特効薬??

先日、弊社のビジネスパートナーの I 氏が「王様のブランチ」紹介されていた書籍「脳に悪い7つの習慣」勧めてくれました。早速その日のうちに購入し、読み進めてます。

冒頭の小見出しに『「脳トレ」のゲームやドリルで脳を鍛えることはできない』と書かれていたので、「おいおい、チョット待てよぉ」と思ったのですが、本文中では特に全否定しているわけでもなく、より良い方法の提の前振りとして書かれていただけなのでホッとしました。

私もいつも思っていることは、PCやゲームは手段であって目的ではないということです。
PCやゲームはそのもの自体が何かを生み出すということはなく、何かを生み出すための便利なツールの一つなのです。

決断力DSもそのものが目的ではなく、「考える習慣を身につけるのに将棋が非常に優れている」という観点から、DSという誰もが親しみやすいツールを用い、将棋のルールを学べたり、「逃げ将棋」という発想の転換ゲームを入れたりし、「考える習慣を身に付ける」ことを目的とすることは言うまでもありませんが、ルールを覚えた後の人対人の対局(対戦)で学ぶことができる礼儀作法や感情のコントロールを身に付けていただければなぁということを目指して開発しました。

書籍の中で、脳には「統一・一貫性」というクセがあり、自分の価値観や考え方と異なるものに接すると、その対象物に対して「嫌い」というレッテルを貼るそうです。ということは、「統一・一貫性」が認められたときは、「好き」のレッテルを貼るということだと思います。

「あばたもえくぼ」といいますが、「良いところ」が先に情報として入ってくると悪いことはあまり気にならず、かえって魅力として受け入れられたり、逆に「悪いところ」が先に情報として入ってくると良いところを持っていたとしてもなかなかそれを正しく評価できないってことありますよね。

でもそれを克服するのが「興味」と「経験」だと思います。

以前、「ワイン嫌いのワイン会」というのを開催しました。

そこに参加した殆どの人が赤ワインに対して「ワインって、苦いから嫌い」とか「白ワインは飲めるけど、赤ワインはちょっと・・・」という印象を持っており、殆ど赤ワインを飲まないということでした。

ワインに興味はあるものの自分が飲んだワインの印象から、ステレオタイプ的に「赤ワイン=苦くて・酸っぱい」となっていたのです。

致し方ないと思います。

私も昔はそうでした。しかし良い経験がこの「味覚」と「考え方」を変えるのです。というよりも、良い経験をすることで「苦さ」や「酸っぱさ」が魅力の一つになるのです。(「経験したい」というモチベーションは、興味から生まれます。興味がなければ「経験したい」とは思わないですよね。)

新しいワインは比較的、苦かったり・酸っぱかったりするものです。

しかしワインの中には、年を経るごとに、その苦味がまろやかになり、酸っぱさが唾液を出すのに丁度良い状態に和らぎ、さらに年を経るごとに副産物「うまみ成分」が発生するものがあります。

その副産物を蓄えた「まろやか」な液体と最高のうまみ調味料である唾液がマリアージュ(結婚)したものを口の中で経験した「ワイン嫌い」の彼らは口を揃えて言ってました。

「これがワインなんだぁ・・・」「今まで飲んだワインはなんだったんだ???」と。

でもそのワインの中には苦味のエッセンス・酸っぱさのエッセンスは残っているのです。それ以外のエッセンスも非常に多く含まれているのです。

このような経験を重ねると、経験値が上がり、味覚に対する包容力が上がります。そして今まで「美味しくない」と感じたワインの中に、「美味しい」と感じたワインが持っているエッセンスとの共通項を自ら発見し、「美味しくなかったワインが美味しい」と感じるようになるのです。

このように経験を重ねると包容力が広がり、どのようなものに対してもポジティブに「可能性」があることを信じるようになります。つまり、一度の経験や印象を持ってステレオタイプに「嫌い」という結論付けはしなくなるのです。

まあ、可能性を信じながら最終的に「やっぱりブショネ※」ということはありますが・・・

※コルク臭のある傷んだワインのこと・・・でもたまにこのブショネワインを「このワイン香ばしくて美味しい♪」という人もいるので「あばたもえくぼ」か。でも僕はこのブショネだけは好きになれない・・・私の場合ブショネワインはカレーライスと化します。

ただし、経験を積み重ねると「直感」が鋭くなります。つまり情報分析能力が上がるということです。その情報分析を基に瞬間的には感じることができなかった「可能性」を検証してみるというのがいいのではないかと私は考えてます。