教育
昨日、中国の協力会社の責任者とミーティングの機会を持ちました。
年末の最盛期における、品質および生産の安定と商品供給をお願いしました。
その中で、品質の責任者から次の質問を受けました。
「アイデスの教育はどのように行っているのですか?」
非常に漠然とした質問でしたが、良い質問でした。以下のように答えてます。
中途採用の社員はそのスキルをかって採用しているので、特に教育ということを
意識して行うのではなく、私との対話を通してアイデスの考え方を知ってもらいます。
新卒社員に関しては、まだ白紙の状態なので「教育する」ということを意識的に
行ってます。
教育には大きく分けると2つの手法があります。
1つ目はOJT(ON THE JOB TRAINING)
2つ目がOFF・JTです。
OJTは実際の現場において先輩社員の指導や行動から学びとる教育です。
OFFJTはセミナーや合宿などを通して、新たな知識の吸収や一時的ですが
新たな行動習慣を身につけるために行うものです。
アイデスではOJTでは実際の業務の進め方などを学ぶこともさることながら、
このOJTの意義を「アイデスの文化の吸収」(=行動習慣)だと位置づけてます。
そしてOFFJTは新たな価値の吸収(=知識)だと考え教育を進めています。
つまりOJTを行うことで「現在の」アイデスのレベルまで引き上げます。しかし
そこまでです。そこで重要になるのは「カイゼン」です。会社の文化を引き上げる
ためには「カイゼン」しかないのです。
しかし「カイゼン」するときに、手法や知識が不足します。つまり目標を設定して
そこに到達するための手段が空白となって現れます。つまり頭の中がスポンジを
絞ったような状態になります。そこで必要なのがOFFJTです。
OJTだけでは行き詰ってしまいますし、OFFJTだけでも絵に描いた餅になって
しまいます。この両方をミックスさせることが教育を進める上で重要なことです。
ただし注意することはOFFJTありきだけは絶対にNGです。欲してないものに
水を与えても何も吸収されません。
まずは、OJTを通して、またカイゼンを通して、スポンジを絞り切って、その上で
OFFJTを注ぐというのが重要です。会社からの押し付けのOFFJTはお金と時間を
ドブに捨てるようなものなのです。
一概にOJTとか、OFFJTとか言われますが、それぞれの意義を明確にそれを意識
して教育に取り組めば、表面的な教育というものは無くなるのではないでしょうか。
年末の最盛期における、品質および生産の安定と商品供給をお願いしました。
その中で、品質の責任者から次の質問を受けました。
「アイデスの教育はどのように行っているのですか?」
非常に漠然とした質問でしたが、良い質問でした。以下のように答えてます。
中途採用の社員はそのスキルをかって採用しているので、特に教育ということを
意識して行うのではなく、私との対話を通してアイデスの考え方を知ってもらいます。
新卒社員に関しては、まだ白紙の状態なので「教育する」ということを意識的に
行ってます。
教育には大きく分けると2つの手法があります。
1つ目はOJT(ON THE JOB TRAINING)
2つ目がOFF・JTです。
OJTは実際の現場において先輩社員の指導や行動から学びとる教育です。
OFFJTはセミナーや合宿などを通して、新たな知識の吸収や一時的ですが
新たな行動習慣を身につけるために行うものです。
アイデスではOJTでは実際の業務の進め方などを学ぶこともさることながら、
このOJTの意義を「アイデスの文化の吸収」(=行動習慣)だと位置づけてます。
そしてOFFJTは新たな価値の吸収(=知識)だと考え教育を進めています。
つまりOJTを行うことで「現在の」アイデスのレベルまで引き上げます。しかし
そこまでです。そこで重要になるのは「カイゼン」です。会社の文化を引き上げる
ためには「カイゼン」しかないのです。
しかし「カイゼン」するときに、手法や知識が不足します。つまり目標を設定して
そこに到達するための手段が空白となって現れます。つまり頭の中がスポンジを
絞ったような状態になります。そこで必要なのがOFFJTです。
OJTだけでは行き詰ってしまいますし、OFFJTだけでも絵に描いた餅になって
しまいます。この両方をミックスさせることが教育を進める上で重要なことです。
ただし注意することはOFFJTありきだけは絶対にNGです。欲してないものに
水を与えても何も吸収されません。
まずは、OJTを通して、またカイゼンを通して、スポンジを絞り切って、その上で
OFFJTを注ぐというのが重要です。会社からの押し付けのOFFJTはお金と時間を
ドブに捨てるようなものなのです。
一概にOJTとか、OFFJTとか言われますが、それぞれの意義を明確にそれを意識
して教育に取り組めば、表面的な教育というものは無くなるのではないでしょうか。