ゲームを作るようになった訳【その4】
アメリカでは小学校のカリキュラムにも「投資」があるようです。
そのような環境で育った人間とそうでない人間とでは差が出るのは当たりまえ。
そのような教育システムが日本になければ、それを提供するのも「おもちゃ屋」の責務だ!と勝手に熱くなり進めました。(その当時豊洲にキッザニアができたこともあり、「疑似体験」というのが私の中での旬でした)
投資と言うと、「お金」という印象をもたれると思いますが、「お金」は単なるフックでしかありません。
「お金」となると人間は熱くなるのでゲームには非常に良いツールです。
ではこのゲームで得られるものは何かと言うと
「自分の時間やお金など限られたものの使い道を考える力が身につく」ということです。
別の言い方をすると「プライオリティーの選択能力」が身につくということです。
それらの資源は限られているので、使い道に優先順位をつけなければなりません。
どこに投資すれば一番効果を発揮するのか、そのときの環境(情報)をもとに考えるわけです。
そのような環境で育った人間とそうでない人間とでは差が出るのは当たりまえ。
そのような教育システムが日本になければ、それを提供するのも「おもちゃ屋」の責務だ!と勝手に熱くなり進めました。(その当時豊洲にキッザニアができたこともあり、「疑似体験」というのが私の中での旬でした)
投資と言うと、「お金」という印象をもたれると思いますが、「お金」は単なるフックでしかありません。
「お金」となると人間は熱くなるのでゲームには非常に良いツールです。
ではこのゲームで得られるものは何かと言うと
「自分の時間やお金など限られたものの使い道を考える力が身につく」ということです。
別の言い方をすると「プライオリティーの選択能力」が身につくということです。
それらの資源は限られているので、使い道に優先順位をつけなければなりません。
どこに投資すれば一番効果を発揮するのか、そのときの環境(情報)をもとに考えるわけです。
このように、楽しみながら、遊びながら学べる環境の提供を行うことがアイデスの使命なので、ゲームと言うツールを通して実現してみました。
大切なのは、目的であって、手段ではない。
大切なのは、目的であって、手段ではない。
変えていけないものは目的であって、手段は変えていいのだ!
と私は考えてます。
そして、ボードゲーム開発が終盤に差し掛かり、マーケティング活動を始めたころ、例の友人が再び「新しいアイディアがあるんだけど、話を聞いてくれない?」
と持ちかけてきました。。。
私「今度は何ですか??」
友人「テレビゲームです」
その少しの沈黙の後、次のように答えました。
「恐らく95%くらい断ると思うのですが、それでも良ければお話だけでも聞きます・・・」
皆さん、もう分かりましたね。そうです。「決断力DS」の企画が動き出したのです。
(この話はいつかします。。。)
と私は考えてます。
そして、ボードゲーム開発が終盤に差し掛かり、マーケティング活動を始めたころ、例の友人が再び「新しいアイディアがあるんだけど、話を聞いてくれない?」
と持ちかけてきました。。。
私「今度は何ですか??」
友人「テレビゲームです」
その少しの沈黙の後、次のように答えました。
「恐らく95%くらい断ると思うのですが、それでも良ければお話だけでも聞きます・・・」
皆さん、もう分かりましたね。そうです。「決断力DS」の企画が動き出したのです。
(この話はいつかします。。。)