止庸という考え方 | アイデスの社長日記

止庸という考え方

私がビジネスを進めて行く上で努めていることが、この止庸という考え方です。

父が経営をしていたころは、切ったはった、食うか食われるか、という経営環境で、油断をすると全て奪われる、つまりwin or loseという中で経営を進めていたようです。今のようにwin winという考えはなく、win winをしたくても、そのようなことを考えていたら、上手く騙され奪われる。確かに今でも如何に相手から奪うかという考えで、ビジネスをしている人がいるようですが、私はそのような父の背中を見ながら育ったので、そのようなことを考えている人に会うと直感でわかるのです。

ありがたいことに、私のビジネスパートナーには、そのような人がおらず、皆さん新たな価値を作りたいと考えて、一緒に仕事をさせていただいております。

私は大学のメジャーが経済学の社会思想史でした。担当教授の専門がヘーゲルだったので、この止庸(アウフヘーベン)ということに、興味を持ち、卒業後も頭の片隅に置いてました。アウフヘーベンはヘーゲルが伝えたかった最大の思想で、新たな価値を生み出す唯一の方法だと私は考えてます。そして、自分が経営に携わることになったとき、この止庸ということを信念として、第三の選択肢を意識し、模索するようになりました。

止庸とは、意見(価値)と意見(価値)のぶつかり合いの末にある新たな境地(価値)で、両者の価値を抱擁する新たな境地に至る道のことと私は理解してます。

既存の価値やお金という価値の中で解決を求めようとするから、限界があり、同じパイの食い合いになり、取るか取られるかという考えになるのであって、その上に行かないとダメなのです。

言い方を換えると、清濁合わせもった先に新たな境地があると考えます。辛い物がなければ、甘い物はない。暗い物がなければ、明るい物はない。夜がなければ、朝がない。どちらか一方が無くなると、もう一方も存在しないということです。

その両方の価値(辛いけど甘いものとか、暗いけど明るいことのようによく分からないもの)を持つ物はぼやーっとし輪郭に欠けるのですが、この両方の価値を持ったものに真実がある、そしてこれを求める時代になったと私は思ってます。

そのように考えると、新たな価値を作ろうという目標をもつと、そこに人は集まるのです。なぜなら、志しある人は、新たな価値を作り、誰かの役に立ちたいと考えているからです。

既存の枠組みに囚われず、新たな枠組みを創り、社会発展のために貢献できれば、これ以上の幸せはないと考えてます。