このまえ、
「おまえは、営業的研究職だ。」
とのご指摘を受けました。
 
 
その意味するところは、
自分の本来やるべきこと(研究)をないがしろにしてまで、
接待○○にたくさん参加するからとの事。
まあ接待してるなんて気はさらさらないですし、
むしろいつも遊んでもらってすんませんて感じですが、
言い得て妙とはこのことかと思わんばかりのすてきな造語ですね。
 
「えいぎょうてきけんきゅうしょく」

うーむ、すばらしい…。
 
もちろんネガティブな感じの指摘だったと思うのですが、
なんだか気に入ってしまいました。
 
 
 
そんでまあ営業的研究職の地位を確立すべく、
いろいろ言い訳を考えてみました。
 
 
 
 
 
そもそも研究者の能力は、
(研究に限らず生きていくうえですべてそうだとぼくは思うんですが、これは言い過ぎかもしれません)
かの有名な Dr. Nakamatsu の人間関係方程式風にいけば、
大まかにいって3つの項を用いて、
 
 
 
正味の能力 = α個人の能力 X β営業力 X γ運  
(α, β,γ:定数)
 
 

って言えると思うんです。
 
個人の能力がある程度必要なことはみなさん反論はないと思います。
営業力なんて書きましたが、
結局人脈と読み替えていいでしょう。
あと運もある程度は必要になってくるはずです。
(運の定義は各自にお任せします)
 
で最終的にはそれらの項の掛け合わせになっていると少なくともぼくは思うのです。
さらにぼくの個人的な見立てでは、
 
α < β
 
であることが結構多いです。
(研究以外の場に話を広げてしまえば、
いつでもどこでもいたるところにこういう事例が転がっています)
 
ところが、 
各項の掛け算であるところを、
足し算だと思っている人が多い気がします。
あるいはそもそも2項目の存在を無視していると思われる人もたまにいたり…。
(でもそういう人に限って非常にできる人が多いから何も言えないってことも当然あります…)
 
 
 
掛け算ですから、
当然どんだけ実力があろうと、
人脈や運がどちらか片方でも著しく小さかったらその実力が無駄になってしまうのです。 
 
どんだけ能力があろうと、
運がなかったり、
「つて」がうまく見つからなかったりして、
涙を飲んだ人はたくさんいるはずです。
逆に考えれば、
だからこそぼくのような不勉強な者でも何とかなる可能性が出てくるはずなんです。
多分に希望を含んでいますけど…。 
 
 
 
 
 
そんな訳で、
ぼくは勉強して自分自身を高めるのと同程度に、
知り合いを増やすことが重要であると考えてます。
(でも実は人見知りが激しかったりします。
あんまり信じてもらえないけど…) 
 
 
 
こう考えると、
数年前に よろこんで♪ さんから賜った、
 
「学会は就職活動の場だと思え!」
 
との金言が思い出されます。 
せっかく学会に行ってるのに、
知ってる人としか話さない人をみると、
ほんとにもったいないことしてるなぁと思います。
 

 
 
  
普段の生活で人脈が必要になることなんてほとんどないんでしょうが、
なーんか困ったことがあったときに、
突然人脈をピンポイントで作り出してさらにそれを活用することなんてほぼ不可能ですから、
(ぼくにはって意味ですけど…)
普段からいろいろなところに顔を出す必要がありますし、
こちらがもしかしたらお世話になるかもしれないと思っている以上は、
こちらからもなにかあったら協力を惜しんではいけないはずです。
もちろんない袖は振れませんけど、
もしそれが自分にとっても楽しいことだったらすばらしくないですか?
 
べつに普段からこんな打算的な考えを意識しているわけではありませんが、
よく突き詰めて考えると集団社会での生活はここに行き着く気がします。
 
 
 
 
 
 
 
 
まあ長々とくだらないことをたくさん書きましたが、

広げすぎて収拾がつかなくなる前に最終的な結論を申し上げますと、
ちょっと強引な気もしますが、
 
すこし(ほんの少しね)くらい研究・勉強の時間が減ろうとも、
サッカーも、ホッケーも、囲碁も、酒も、なにもかも、
長い目で見れば自分の役に立つ(かも知れない)んだなぁと。
だから全力で遊ぼうと。
 
それが営業的研究職の本分であると…。
 
 
 
 
 
 
 
 
その結果がいかなるものになるかは数年間お待ちください…。

 
一生懸命言い訳を考えたので疲れました。
そうだ!

今日は接待サッカーをしよう!