Richard Barnes Mods! 7

 

 

 

Carnaby Street

1962年、あるタウン誌が Stamford HMの何人かの"face"のインタビューと写真を載せた。そのうちのひとりは15歳の Mark Feld (のちに70年代のポップスターとして成功を納めるMark Bolan)だった。

 

 

彼らはファッションに対する姿勢を語り、いいテイラー を見つけることの難しさを嘆いた。「Bishopsgate の Bilgorri 一彼は偉大なテイラーでね、face はみんな彼のところに行ってたよ。それから、John Stephens。彼のとこのトラウザーズは最高なんだ」。

 

彼らはまた、Burton のスーツとか、C&Aの14シリング6ペンスのシャツといった安い服も見つける、という話もした。「何人かのface はこういうものには目もくれなかった。それがたったの14シリング 6ペンスだからって理由でね。全くバカげたことさ」とMark Feld。彼はある朝 Woolworths でギンガムチェックのシャツを見つけたそうだ。「たったの10ボブ(シリング)だったんだ。ちょっとリフォー ムするだけで、John Michaelの4ギニア(84シリング)のと同じくらいイカしてた」。

 

 

 

この雑誌の記事が、若いファッション狂たちを取材した最初のメディアだった。そして、 それはほかの若者たちにインスピレーションを与えた。個々の異なった要素がMOD スタイルとして最終的に融合したのは、1962年のことだった。といっても、まだLondon 郊外とその周辺の、しかも男の子に限られてはいたけど。それは徐々に広がりつつあった。

 

彼らにとっては、きちんと歩くことも重要なことだった。煙草も正しく持たなきゃいけな いし、ただ立っている時でさえ正しい立ち方ってものを知らなくちゃならない。ぶらぶら歩き回ったり、ポーズをとったり、しゃべったり、自分を見せびらかしたりする時間が長いから、正しいスタンスが大事だったわけだ。Johnny Moke によれば、「すっかりリラックスしているように見えて、しかも正しくなけりゃいけないんだ。ポーズをとって、そう、 ちょっと前かがみで、片足を壁にくっつける。 Coolに見えるように、手をリーバイスやジャケットのポケットに入れる。ただし、親指は外に出しとくんだぜ」ということ。 WembleyのRicも、スタンスが重要だったと言う。「足が正しくないとね。もし手をトラウザーズのポケットに入れるんなら、決してジャケットを持ち上げちゃいけない。しわ が寄っちまうからね。1番上のボタンは必ずかけといて、それからラインがヘンなふうに なんないように、ジャケットを腕の後ろ側に引き寄せてた。ジャケット着てる時は、片手しかポケットに入れちゃいけないんだ。ちょっとキメすぎかもしれないけど、この繊細さが絶対だったんだな」。

 

 

 

この頃でもまだ、その種の服を見つけるのは困難だった。スーツは相変らずオーダー メイドだった。幸い London には、そう高くない生地をストックしているJohn Michael みたいな店もあったけど、ほとんどの kids が服を見つけるのは、Carnaby Street の His Clothes だった。 Carnaby Streetがどんなに革命的だったかは、あの時あの辺り にいなかった人がいくら想像してみても、違うと思う。特に、いまとなっては。

 

はじめてそこに行った時、僕は Pete Townsmendと一緒だった。話には聞いていたものの行ったことはなかった。その日はたまたまWest End にいて、急遽行ってみようっ てことになった。すぐには見つからなくて・・・。なにしろ本当に雲通りってかんじで。 どっちにしても、そう大したとこじゃなかった。通りの片側には、電気屋か何かの窓がない大きなレンガ造りの倉庫があった。それから、たぶん4、5軒の紳士服店と煙草屋が1軒。それ以上はよく覚えていないけど、まあそんなものだったと思う。店のひとつはHis Clothes で、あとは確か Paul's Domino Male、そしてDomis とかっていうのだった。