Richard Barnes Mods! 9

 

His Clothes は値段も手頃で、その割に品質も「相当よかった。John Stephen に対抗しようと、あとからオープンしたクズみたいな店とはえらい違いだった。ブティック、タイトなヒップスター、そして白いフレアのトラウザーズやmatelet(船員)シャツー一総てがすっかり St. Tropezしていた。His Clothes では、ブリーチアウトしたというのともちょっと違うデニムのボタンダウンを売っていたこともあった。その頃、Tシャツも出はじめた。すごく新鮮で、リーバイスやスニーカーと 組ませるのが"in"なのだった。 Moccassin シューズが登場し、ネイビーブルーの米軍払い下げ reefer ジャケット(Pコート)も出回った。毎週必ず行ったとしても、そのたび新しいスタイルのものが仕入れられているって具合だった。

そこはのちに、MODS 全盛の頃「イカした場所」となった。いろいろなやつに会ってしゃべったりして、ほとんど店からあふれそうなかんじになっていた。Braian Jonesとか Andrew Oldham, Eric Clapton それから"Rod the Mod" なんかっていう音楽業界の憧れの的たちが服を買ってるところにばったり出くわしたりもした。もちろん、プレスがバカ騒ぎして、ベルギー TVや観光客が押しかけるずっと前のことだけど。

 

 

はじめてそこに行った日、Townshendと僕はずいぶん長い間飽きもせず、ウィンドウ に鼻を押しつけてじっと見入っていた。ふたりが持ってるお金を数えると、ちょうど Pete が靴下一足買える分ぐらいあった。でも、彼がそれをはいたことはなかった気がする。 4日後にお金を持ってまた出かけて行って、僕たちはジャケットを買った。 のちにthe Who が "supermod"イメージをアピールしていた時、Kit Lambert は、Pete は 100ポンドも服に費やすと吹聴した。仮にそれが本当だった。 としても(実際は違うけど)、彼が気に入るものは Carnaby Street にはそん なにありはしなかった。なぜなら、65年頃にはもう終っちゃっていて、調子に 乗ったイナカもん向けのバカげた妙ちきりんな服ばっかりになっていたから。

 

 

 

VARIATION OF STYLE

Suits 1962年に、何人かのMODS が伝統的なシティジェントルマンルックを取り上げた。ちょっとの間だったけど、このルックをコピーするやつもいた。Jonny Moke は「ひと頃僕も、 山高にストライプのスーツ、そして傘、なんてかっこしてたこともあったっけ。何人か のMODS はしばらくそんなふうだった。まあ、そう長いこっちゃなかったけど。このスタ イルからwaisted スーツが出てきたんだよね」と語る。

 

ウェイステッドスーツは、伝統的な英国スーツに端を発している。イタリアンスーツは サイドに縫い目のあるボックスジャケットに代って、センターに縫い目のあるものが増え てきた。英国スーツは、カジュアルなコンチネンタルスーツよりフォーマルに見えたし、 保守的だった。このことは世界中に知られていると思うけど。サイドベンツのイタリアンジャ ケットに対立するものとして、センターベントのウェイステッドジャケットが登場した。サイドベンツはすごく震要なポイントだった。どんどん長くなって、3インチが4インチ、 そして5インチって具合に。Kids は、サドベンツのジャケットを買うと、さらに長くカットしたものだった。母親や姉キになんかにしてもらうやつもいた。ついには10インチのまで出てきた。ウェイステッドジャケットのセンターベントも、同じように長くなっていった。