長女とプランターで育てていた朝顔。
葉っぱだけ、ものすんごい勢いがあるくせに、
全然、花が咲く気配がなかった。
叔母の葬儀が終わった翌日、
綺麗な、紫の花を咲かせた。

叔母が「お疲れ様」と言ってくれてるような気がした。
今年に入ってほんの半年の間に、
叔母の娘(いとこ)の自殺、
叔母の病死と、
強烈に死と接した。
その親子二人の、
開くことのないまぶたを見つめながら、
冷たいおでこに手を当てて、
よく頑張ったねと、二人に声をかけた。
そして、いとこの彼女が旅立つときに持たせた
ハーブで結ったスマッジスティックを
今回も叔母に持たせた。
「これが目印だからね。
彼女も同じものを持っているから、
娘を探して必ず会いなさいよ」
と。
死とは、
生きるとは、
なんだろう。
そんなことばかり考えている。
死とは、
体から魂が抜け出て、
物理的な体を必要としなくなったということ。
体を抜け出た魂は
私たちには見えない、
次元の違う世界へステージアップして、
人間界の次元より、
うんと広くてたくさんの魂が存在する世界を
次なる目的のために旅を始める。
心臓が止まるから死ぬのではなくて、
魂が体を必要としなくなったから
体の機能が止まって、
死ぬのではないだろうか。
魂の力は、
それほど力強くて、
体に、物理に、影響を与えている。
そして、体は、
人間の理解が及ばないほどの
超高性能の神がかったシステムによって動いている。
宇宙からの
その二つのギフトの連動によって、
私たちはこの、ほんのわずかな数十年と言う時間を
生きている。
今回、
そんな世界が垣間見えた気がした。
その途端、
死ぬことは全く怖くないと思った。
「私が死ぬ」
ことは。
まだまだこの先は深そうだ。

