どうやってここまで来たかなぁ。

 

毎日泣いて暮らす、

なんてことはしてなかったけど。

でも、もちろん落ち着いた気持ちではなかった。

 

そう言えば、

何度か泣いたのが

記憶に残ってることがある。

 

・ 

 

大学病院で染色体の検査を受け、

初めて正式にダウン症と言われた日。

 

先生から、一通りダウン症の説明を受けた。

 

想定していたからか、

旦那と二人、淡々と乱れることなく先生からの話を聞き、

その後、ぼーっと待合で待っていたら、

隣に2歳くらいのダウン症の女の子とママが座った。

 

その子が歩いたり、よろけたり、

ママに何かおねだりしたり、笑ったり、

その姿がとても可愛くて、

微笑ましく眺めていた。

 

そのママとたわいもない会話をしていたら、

「同じ(ダウン症)ですか?」と聞いてきた。

 

「さっき診断がついたばかりで・・・」

と答えたら、急に泣けてきた。

 

「ごめんなさい」

と涙を拭いたけど止まらなくなってしまった。

なぜか、そのママも泣いていた。

 

 

息子ちゃんのダウン症が確定し、半月くらい過ぎた頃。
母を横に乗せて、車を運転していた。

 

私のミュージックリストから、

平井大の「また逢う日まで」がかかった。

 

初めてその曲を聞いた母が、

「優しい声で歌う人だねぇ。

 息子ちゃんもこんな声を出す気がするね、

 こんな優しい声で歌う気がするね。」

と言った。

 

そんな未来があるのかと、

不安と期待で胸がつまって、

運転をしながら、ボロボロ涙が出た。

 

 

ダウン症と分かって1ヶ月くらい経った頃、
ふと思い出して大学時代の友(男)にLINEした。

 

ヤツとは、まるで兄弟のように心を許して20代を過ごした。

人間同士の繋がりを深く感じる心の友のような。

お互いの弱さも強さも知っている。

 

 世間話をした後、

 「うちの息子ちゃん、ダウン症だった」

と唐突に報告してみたら、

 

「おまえが母親でよかったな」

と一言だけ、

すぐさま返してきた。

 

そうなのかな、私ぜんぜん自信ないよ。

 

思いがけず、1人でわーっっと泣いた。

 

だけど、ヤツがそう言ってくれるなら、

大丈夫な気がした。

 

 

ちょうど2ヶ月くらい前の夏の日、

あるブログを読んだ。

 

現在20歳くらいの成人してるダウン症の息子さんとの生活を書いているブログだった。

 

成長した先が知りたくて、

どんどん読み進めたけど、

知的障害があるリアルな大人の毎日に

将来の息子ちゃんを重ねたら、

ぐさーーーっときてしまった。

 

まだそんな先の未来を受け入れる準備はぜんぜんできてなかったくせに、将来をみて驚いて怖くなった。

嗚咽するくらい泣いた。

結構泣いた。

 

同じダウン症と言っても、全く同じ成長をするワケないのに、

その生活がまるで自分のもののように感じた。

 

 

見知らぬママに報告することで確定診断を受け入れてみたり、

平井大の声に未来を夢見てみたり、

ソウルメイトに温かく包まれた気がしたり、

どこかの誰かの生活に将来を重ねて怯えてみたり、

 

そんなことをしながら、

徐々に受け入れているのかな。

 

 

私、そもそもキャパが少ないのもあって、

どんどん毎日のことを忘れていってしまう。

 

些細な自分の心の動き。

その小さな動きが、自分の考えや行動を大きく左右していることがある。

 

そーゆー繊細な出来事を、覚えているうちに記しておきたかった。