初めてのリブログ。
manakaさんの表現豊かで優しい素敵な文章と共に、
ダウン症を姉に持った弟くんの作文が紹介してあって。
この作文、胸にグーーーーッときて。
「姉が1000人を代表して生まれただけなのに」
って、
なるほど、そんな考え方・表現もあるんだなって、目から鱗だった。
同じく、うちの息子ちゃんも「1000人の代表」と思うと、
なんだか誇らしい気持ちにすらなってくる。
(彼の言っていることと捉え方が違うかもしれないけど。)
だけど、その感動とともに、先々、息子ちゃんがいじめらる可能性や、
上の2人のお姉ちゃんズが、そのことで心を痛めることがあるかもしれないこと、
そんなことを想像したら、苦しくなってきた。
・・・
このことで関連してくるのは、
まだ先だけど学校の話。
うちの旦那は、お姉ちゃんズ(現5歳、2歳)と息子ちゃんを一緒の学校に行かせたくないと言う。
〜旦那の主張〜
「インクルーシブ教育」というのは、健常者からの言葉であって、スペシャルニーズのある本人たちからしたら、インクルーシブなんて願ってもないのでは。
それは健常者側の教育だろう。
本人たちからしたら、やりたくても、みんなと同じスピードでやれない、できない。
必要以上に頑張る毎日でただ辛いだけかもしれない。
しかも、お姉ちゃんズもいじめられる可能性も出てくるだろうし、
お姉ちゃんズの心のケアも必要になってくる。
息子ちゃんの存在で彼女たちに負担をかけるようなことは、できるだけ減らしてあげたい。避けて通れる道があるなら、そうしてあげよう、それが親として、彼女たちにしてあげられること。
だから、息子ちゃんは専門性の高い養護学校に行くのがいいはずだ。
・・・・
うーーーーん。
「インクルーシブ教育は健常者側の言葉」っていう意味もちょっと分かる。
けど、
この話になるたびに、私はモヤっとしてしまう。
お姉ちゃんズもまだ学校には行ってないし、
私も旦那も、インクルーシブ教育や、養護学校、教育関係については、
まだまだこれから経験・勉強していくこと。
だから、ただの印象、イメージでの話にすぎない。
だけど、この作文の少年(弟)のように、
ダウン症の姉と一緒の学校で過ごすことで、いろんな感情が芽生えて、あのようなとても素敵な感性が磨かれて、「人それぞれを知ることが大事」というコミュニケーションの根本まで感じることができるようになったんだよね。
旦那のお姉ちゃんズへの心配も分かるけど、
彼女たち、そもそも、
ダウン症の弟を持つことを選んで生まれてきてるんだから、
きっと大丈夫!
息子ちゃんも、
1000人の代表として、胸を張ってお姉ちゃんズと同じ学校に行ってもいいじゃない。辛いこともあるかもしれないけど、そこにいるからこそ息子ちゃんが得ることも多いと思うよ。
どっちが正解なんてないけど。
将来について、最悪の事態やマイナスを想定することは、ある程度必要かもしれないけど、
マイナス想定から、未来の行動を選択する必要はないような気がするんだ。
そういう選択の仕方、私は好きではない。
ただの感情論になっちゃうけど。
旦那にもこの作文を読んでもらおう。
きっと旦那も息子ちゃんのダウン症について、
いろいろ考えたり、受け入れをしている段階なんでしょう。
この件は、当分の間ペンディングだな。
私も旦那も、息子ちゃんの成長と共に、自分たちの考えや世界を広げていこう。
そうすれば自ずと答えは見えてくるし、
今まで見えなかったものが見えてくるでしょう。
きっと。