元々楽観的な性格の私。

産後ダウン症と判明しても、比較的ワーワー騒ぐことなくここまできてる。


それを見ていた義母は、

私がヘラヘラしているから気にしてないとでも思ったのか、

 

「妊娠中に検査を勧めなかったことを後悔している、悔やんでも悔みきれない」、

「私(義母)がもし夫の立場なら妻を罵倒し、罵りたい気分」、

 

とか、それはそれは、酷い言葉を浴びせてきた。

ま、この話はまた今度書くとして。

 
悲観して何か変わるなら、そりゃ私も悲しみ嘆き泣きわめくけど、
そんなことしたって、現実は変わらないから。
 
目の前の赤ちゃんはおっぱいを欲しがり、おしっこウンチをして元気に生きて、1分1秒レベルで成長している。
目の前の現実から目を背けたいのに、自分を求めてくる現実。
その赤ちゃんのお世話をしながら悲しみに打ちひしがれて過ごす毎日は、考えただけで切なすぎる。
ママも赤ちゃんも。
 
悲しむことは意味がないって分かっているけど、心が落ち着かない。
何でだろ?!
 
この子がどんなふうに成長していくのか、この先何が待っているのか分からなくて、不安で怖かった。心の中にずっと不安のベールみたいなのがかけれられて、心が安らげなかった。
旦那が、将来に起こり得るかもしれない悪い可能性ばかり提示してきて、その度に嫌気がさして苛立っていた。
 
何をしたらいいか分からないから、だた立ち尽くす。
自分や家族が何も知らないから、不安になる。
未知の世界だから、怖くなる。
 
だったら、知りに行けばいいのよ。
情報を取りに行けばいいのよ。
 
・・・
 
私は、本やネットでダウン症のことを調べ始めた。
難しい文献や医師の方が発信している情報も収集するように努めた。
前向きに療育に取組まれているママのブログなども渡り歩いた。
 
色々調べていくうちに、日本がダウン症の療育後進国という印象を持ち始めた。
 
ダウン症の症状にも一人一人違いがあるため、一概には言えないけれど、正しい方法で早期療育をすれば社会で活躍することも可能なようだ。
海外では、産まれた時から、親・医師・ワーカーさん(理学療法士など)が一緒になって、その子向けのサポート体制が組まれて療育が始まり、毎週のように療育をおこなったりもするようで。だから、ダウン症で大学を出て社会に出て仕事をしている人は珍しいことではない様子だったりする。
 
かたや日本では、ダウン症の療育は、1年後からが妥当な印象。
実際に、私も療育センターに行くのは1歳になってからと病院から言われた。
 
1歳になるまで、どうしていいか分からず、親子でその時間を過ごせというのは、よく考えてみると、かなり酷なことだと思うけれど。
ただでさえ、産後不安定な精神状態の母なのに、正常発達の子ではないと分かったら平常心ではいられないでしょうに。
 
なるほど、やっぱり日本は遅れている、と感じた私は、
療育センターに行くことに重きを置かなかった。
私は、自分で調べて自分で道を切り開くから。
そんな気持ちになっていた。
もちろん、早めに療育センターに行けるなら嬉しいけど、ってくらいで。
 
本は、日本のものでなく、海外のもので翻訳されたものを買い、海外のメソッドを通して発達や療育方法を学ぶことにした。
サークルは、海外での療育経験のある方々と繋がるオンラインでのサークルに参加した。
口周りのトレーニングになるおもちゃも、海外のものを取り寄せた。
もちろん、目下勉強中だけど!
 
とにかく、この子の未来は、私が鍵を握っていると感じ始めたあたりから、俄然前を向くようになった。
それからは、不安や悲しみ、苦しさからは開放され始めている。
今は、嘆き悲しむよりも、できることを探して学んで実践するということに、心も頭も時間も費やして、なかなか忙しい。
 
・・・
 
幸いにして、息子ちゃんは、合併症などの病気は今のところなく、それなりに元気に成長している。
それだけでも、本当に本当にありがたいこと。
泣けるほど素晴らしこと。
 
もちろん、この先、何があるか分からない。
合併症発症の可能性はなくはない。
が、それを憂うのは、「子供がいつ交通事故に合うか」と毎日ヒヤヒヤしているようなものじゃないかなーと思うんだ。
 
そんな余計な心配して凹んでいるより、
とにかく、前を向いてできることをコツコツと。毎日は奇跡の積み重ね。
そう思った時から、得体の知れない悲しみや苦しさ・恐怖が去っていった気がする。
 
バイバイ不安ちゃん。
サンキュー恐れちゃん。
 
私はこの子が連れて行ってくれる新しい世界を目一杯楽しむことにするから、あなたたちが心配してくれるようなマイナスの気持ちは、もう必要ない。