「大きな古時計」
もちろん皆さんご存じの歌だと思いますが。
実は次女がお遊戯会での歌、「せかいじゅうのこどもたちが」を習っていたときに、先生が「もしみんなが上手に歌えないようだったらこの曲に変えるよ」と言って教えてくれたそうで、ときどき次女は思い出しては一人で歌いだす曲。
今日も保育園からの帰り道に歌いだしたので、うろ覚えな次女をフォローしつつ聴きながら、考えていたことがあります。
この曲の情景が、理解できるのは何歳ぐらいのころだろう?
「○○くんが、このうたはホントは悲しい歌なんだって、言ってたよ」
と教えてくれた、次女。
私もぼんやりながらこの曲の意味をひとり自分の世界に浸りながら考え続けた記憶があり、でも、それが何歳のころだったかは分からないんだけれども。
その時のことを思い出していた。
おじいさんは、しんじゃったんだ、となんとなく理解し、ああ、そうか。100歳で死んじゃった、おじいさんが死んじゃったら、きっと時計は悲しくて、いっしょにひっそりと動くのをやめてしまっていて、お葬式とかのあとになってそのことにふと気がついた孫の男の子(10歳ぐらいの子を想定していた)が歌った、悲しい曲なんだなあ・・・
あくまでも私のイメージなんで、たぶん人それぞれ想定したイメージは違うんだろうけど。
この曲の歌詞には、「おじいさんが死んでしまった」という事実は語られていない。
ただ、おじいさんと一緒にずっと動いていた時計が、うごかなくなってしまった、と歌っているだけだ。けれども、多くの人はその歌詞からああ、おじいさんも死んでしまったのかな、と考えるわけで、そこのところがしみじみとさせられるんだけど。もう100歳だから亡くなってひどく悲しい死、というよりも、しみじみと大往生だねえ、なんて語られる、そんな死の時を想像させられる。
次女は、理解してるのかな?いや、まだ理解できないだろうな?
一緒に聞いていた三女は、「とけいがうごかないんでしょ?」となんども確認してきたけれど、その歌詞のいわゆる「行間を読む」という回路は、まだまだ難しそう。
なんだけど、「行間を読む」ということができるかどうかって、つまり日本語を理解することの最終段階なような気がしてる。
次女や三女は「日本語は話せるけれど、言葉の裏の意味まで考える段階ではない」わけで、幼児はそんなもんなんだろう。よく二人のケンカで登場するパターンとして、
「ごめんね
」
「もっとやさしくいって
」
「・・・ごめんね」
「・・・いいよ」
という会話があるんだけど、それぐらいの「裏の意味」ぐらいはわかってるみたい。
でも、
小学校低学年をすぎて、うちの長女がいま4年生なんだけど、だんだんに、「それってどういういみ?」って聞き返されることが多くなってきた。
たとえば・・・
お正月に「ふたりにお年玉あげる
」
なんて言って、次女と三女に100円玉を渡しているから、長女に「気前がいいねえ」って言ったら、「それって、いい意味?悪い意味?」って聞かれた。
「気前がいいねえ」自体は悪い意味ではないのだけれども、実は私自身が「自分のお年玉もすぐなくなっちゃうのに、お金がいっぱいあるときは気前よく使っちゃうんだから・・・あとで泣くなよ」ぐらいのことを思っての発言だったので、ちょっとドッキリさせられたのだ。
そんなことから、5、6年生になると急に増えると言われる「いじめ」の問題にまで頭が飛んでしまった。
ああ、言葉に裏の意味を持たせることを理解し始めて、使ってみたくなるお年頃なんだなあ、と。
仲間意識が芽生え始め、特定のグループを作ってその「仲間内」で内緒話をしたがるのも、この年頃だ。今の長女を見ていると、次女や三女には内緒で、ママだけに伝えたいという意識がこもった話し方をすることが出てきて、その辺に長女の中に芽生えてきた「おとな」を感じることがある。
それが、私は実際には知らないけれど、長女のクラスでもそんな話し方を好む子が増えてきていることを想像させられる。
高学年になったら、クラス中がそんな雰囲気になるだろう。
このへんは、自分の経験からもよくわかる。
たぶん、5年生のころかなあ。
いじめがはじまった経緯をはっきり覚えている。
女の子同士のグループの中で、リーダー格の子が「内緒話」をした。もちろん、内緒話だからグループのなかだけの話だ。だけど、中の一人がその話を、グループ外の子だったか、親にだったか忘れてしまったが、話してしまったのだ。
今思えば他愛ない話だ。
ほかの人にもれようが、たいしたことのないことだったんだろうけれど、リーダー格の子にとっては、「裏切り行為」だったに違いない。そこから、いじめは始まってしまったのだ。
重要なのは、「ないしょだよ」ではじまったその会話の「雰囲気」を、外に漏らした子が気付けなかったことだ。誰にも言っちゃいけない、特別な仲間であるグループだけの秘密の話だったことに気付けないのは、イタイ。
その辺の、「言葉の裏」「行間を読む」今の言葉だったら「KY」ってことだろうね。空気が読めるようになる年頃が、小学校高学年当たりから始まるのだ。
そして、その段階を超えて(試しに使ったり、失敗して苦労したりして)初めて、「日本語を習得すること」が完成する。
幼児の英語教育について考えていて、ああ、そうか、と思ったきっかけの記事があるので、ご紹介させてください。
英語の早期教育 どこが問題? 1
日本語の習得、というのは、実は非常に奥深く、時間がかかるものだということを、親は知っておくべきことだと思います。
でないと、子供がかわいそうですよね。
ちなみに「大きな古時計」のうた、3番まで歌うと「天国へのぼるおじいさん」って出てくるんですね![]()
私はまったく覚えてませんでした~~![]()