おはようございます🎈
今日も冷えてますね💦
今日お話するのは
マネージャーのお話です。
マネージャーになってから約1年たったので振り返りたいと思います。
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私がマネージャーになったのは確か1月の下旬だった🏀
それまでは普通のプレイヤー。
私の学校のバスケ部は上手い下手でユニフォームが渡されるのではなく頑張ってるか頑張ってないかで番号が決められる。
1年の頃から病気を持っていた私はみんなより参加できる日が少なくて2週間に一回くらいのペースで部活を休んでいた。
一昨年の4月からバスケ部に入って7月の下旬に太ももの筋肉が断裂して9月に部活ができるようになって去年の1月にマネージャーになった。
バスケを中学でやってる時間は半年くらいだったんだなぁ…
部活を休むことが多かった私は、もちろん周りのみんなと同じ評価を貰えるわけがなく病気が見つかって休むようになってからはずっと18番
自分が全力で頑張ってもらっていた背番号だったから誇りに思っていたけど内心傷ついていた。
「病気で参加出来ないのに頑張ってないって思われるのか。病気がなかったらもっと上に行けたのかな」
そんなこと考えても無駄なのに…
参加しようと思って出来るものじゃないし、体調が悪いのは顧問が見たらすぐに分かる
何よりも悔しかったのは、病気になる前はかなり上にいられていたこと。
一年の入部直後はうまかったわけじゃないけど特別枠でユニフォームをもらえてた。
今の高一と中3の代だから一年で貰えるのは2人。
一年で貰えるのは全力で頑張っていると顧問に評価された2人だった。
高一が引退するくらいまでは私はその2人に入っていたのだ。
高一が引退して中3と中2の代になってからは18以外もらったことがない。
そんなことを毎日思いながら練習していた。
その時はバスケが楽しいと思えなかった。
そんなことをモヤモヤと
考えていたある日、バスケ部は
お泊まり遠征にでかけた。🏃♀️
二日目の朝、今までで一番耳が聞こえなくなった
隣で大きい声で叫んでもらわなきゃ聞こえないくらい。
今まで練習の直前に練習を辞退するということはしたことがなかった。
顧問がメチャ怖いから😡
怒られるかなって思ったけどそのままやったら絶対に怪我すると思ったので初めて顧問に自分の口で「練習を休ませてください」といった。
怒る様子もなく、その日でお泊まり遠征は終わり帰宅した。
正直、あそこまで聞こえなくなったのが私の中で恐怖でしかなかった。
近くに病院もない
薬も持ってきてない
親もいない
その状況の中、丸1日外にいたのだ。
昨日に聞こえてたバスケットボールのシュートが入る音、ドリブルの音。
聞こえない…?
耳のことももちろん、自分の努力が他人からは認められないことも含めて
すっかり自信や気力をなくしてしまった私はもうバスケ部をやめてずっと家にいたい
と思ってしまった。
その時はまだマネージャーになるという道なんか見えなかったからね。
しばらく部活は休部させてもらった。
その時に顧問に呼ばれ二人で話すことにした。どう思ってるのかを話したら「じゃあ夏希、マネージャーになるとかどうだ?」と言われた。
いまいちピンと来なかったけど、バスケ部の2年生が大好きだった私はプレーができなくてもみんなのそばにいたかった。
顧問はそれを見抜いたのだ。
「だってホントは部活やめたくないんでしょ。なら縁の下の力持ちになれるじゃん」
そうして私はマネージャーになったのでした。
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長くなりそうなので次回のブログ
「マネージャー②」に続く。