こんにちは!

 

ひとつ前の記事で、愛猫のびーが空に帰ったことをご報告しました。

(ちょっと勇気がいりましたタラー

 

 

愛猫のことを思い出さない日は正直、一日もないですよ。

当然ですね、

日常に深く深く入り込んでいたのですからね。

 

 

特に、つらいのは、

 

帰宅するときかな。

 

この11年間(11年、、短すぎるよね…)

家が近づくと

『あ~ 早くびーに会いたい』

『あ~ 早くびーをだっこしたい!』

とそわそわしてたので、

 

その感覚が染みついていて、

 

 

『もうびーはいないんだ』

と毎回落ちてしまう。

 

 

いつになったら自覚するのかな~

 

 

 

 

びーは、私に幸せしかくれなかった照れ

あんなに小さな生き物なのに、

すごいですよね。

 

 

 

 

びーがいなくなってから

私には『現実』しかなくなってしまった。

 

 

特に、母から電話攻撃はしんどかったです。

(事情は以前の記事で察してね)

 

 

びーが闘病生活に入って、

介護状態になったときも、

「(猫)どうした?」ってしょっちゅう電話はあって、

 

 

私にはそれが

びーが死ぬのを待っている、ように感じられて

本当にキツかった。

 

 

 

びーがいなくなってからは

「あんた、猫死んだから暇でしょ」

って、

 

「(だから店のことできるよね)」

(・・・・)ここの部分ははっきりとではなく遠まわしです

と。

 

 

 

びーを失って

一日に何回も嗚咽して、

後悔やロスで苦しくて苦しくてたまらなかった時期、

母はほぼ毎日、家業のこと、妹のこと、姪っ子たちのこと、父のこと、

そういう自分の中の心配や不安や鬱々とした感情を私に吐き出し続けました。

 

高齢の母相手に何か言っても大人げないというか

しょうがないと黙ってましたが

他人だったら、二度と関わらないって決意したでしょうね、、

わりとすぐに『・・・まあ、人んちのペットに興味ないのは普通だよな』と思い直しましたけど)

 

 

 

今、自分の親指の爪を見て

 

この頃、本当にストレスが強くてしんどかったな、って思い出します。

 

 

ちょっと見えにくいですが、

横にくっきり線が入っちゃってるの見えます??

 

 

これ、極度のストレスを受けたときにできるんです。

 

ちょうど、びーが死んだあたりの

数か月前の場所ですね。

伸びてきて今はここまで上がってきてますが、、

 

 

こんなに深い線は、

私は初めて出ました~あせる

 

 

 

私は、特に親には、

びーがいなくてつらい、くるしい、さびしい、ということを伝えませんでした。

 

 

もう傷つきたくなかったから。

 

 

「まだ悲しんでんの?」

と笑う父も

(悪気はないんです、こういう人です)

 

「びー可哀想だったね」と言いながら

実はびーのことはどーでもいい母から

 

心を守りたかったから。

 

 

 

 

なんやかんやいっても、やっぱり自分の親なので、

親を悲しませたくなくて、できれば幸せでいてほしくて、

 

だけども、私の心は深く傷ついていて

 

 

その、矛盾した気持ちが

極度のストレスとなったのでしょうね、、 

 

 

 

 

人と人は、身内でも他人でも、誰とであっても難しいものです。

 

みんな、自分が大事だから、

他人の痛みには大なり小なり鈍感だし、

(自分も、“誰か”にとったらそうなのでしょうし)

 

 

 

まあ、

そういった、傷ついたり傷つけられたり

 

 

そういうのも全部、

びーは癒してくれてたなあ、と思うんですよね。

 

失うとそれがよくわかる。。

 

 

本当に、

どれほどびーに慰められていたか計り知れません。。

 

 

 

 

 

と、気持ち切り替えて…☆

 

 

 

 

びーがいなくなって、しなくなったこと第1位!

 

じゃーん、

それはずばり、掃除です☆

 

 

あちこちでごろんごろんしちゃうびーのために、

埃やゴミを吸い込まないようにと毎日掃除をしてました。

今は、ぜーんぜんやりません。

夫がいないときはご飯を作らないことと同じことが、掃除でも発揮されております泣き笑い

 

 

 

家の中がきれいだったのは

びーのおかげだったんですね~

 

自分のこと、綺麗好きだとばかり思っていました笑

 

 

 

長くなっちゃったので、

今日はこんな感じで終わりますね。

 

 

また書きます!