(ドラマ25話から28話の内容を含みます)
昔『ロミオとジュリエットと暗黒』という小説を読んだことがある。
いつの時代のどんな社会にも恋人たちがいて
その恋人たちを引き裂く「暗黒」がある。
ロミオとジュリエットにとっては、争いを続ける互いの家族であり
小説の中の少女と少年にとっては戦争であり
「陳情令」というドラマにおいては
五代世家が世の秩序を治めるという社会制度である。
各世家には独自の家風と家訓があり
それぞれの家の繁栄を目標に努力し、競い合っている。
あるとき、五代世家の一つ温氏が他の世家を滅ぼそうと暴走を始めた。
結局、四世家が協力して温氏を滅亡させたが
温氏一族に対する激しい憎しみが残った。
江澄の属する雲夢江氏は、
温氏の襲撃によって宗主と宗主夫人が命を落とした唯一の世家であり
温氏に対する憎しみも人一倍強い。
さらに江澄は予想もしなかった若さで宗主を継ぐことになり
他の世家に侮られないように
江氏の評判を落とさないように
世間体を保つことに、過度に神経質になっている。
これ等の事情を考慮すれば
温情に対する江澄の言語道断とも思える態度も、少しは理解できる。
もし櫛を贈りたい相手が温氏に属する女性でなければ
江澄だって、もっとちゃんとアプローチできていたかもしれない。
もともと江澄は、自分の感情でいっぱいいっぱいになってしまう人間であり
温情の気持ちや立場を思いやる余裕などは、持てるはずもないのである。
生き残った温氏を連れて魏嬰が乱葬崗へ去った後
金鱗台での世家の集まりで
金宗主と光瑶(孟瑶)から魏嬰の行動を咎める発言があり
姚宗主と欧陽宗主は
「温氏は誰一人許してはならぬ。温氏を救う者は我らの敵」と尻馬に乗る。
江澄は追い詰められるように
自分が決着をつけると言わざるを得なくなる。
藍兄や藍湛は魏嬰をかばおうとするが、この場の流れに逆らうことはできない。
ただ一人きっぱりと反対意見を述べたのは、金子軒の配下の綿綿である。
暮溪山で魏嬰に助けられたことのある綿綿は
魏嬰の行動の正当性を訴え、聞き入れられないとわかると
「一門から抜ける」と、金氏の衣を脱ぎ捨てて毅然と去って行く。
綿綿かっこいい。
藍湛も後を追うように席を立つが、結局どうすることもできないのだ。
江澄は悩み、乱葬崗を訪れるが、温情に会っても言葉もかけない。
「たしかに温情と温寧には救われた。
だが温氏の残党は極悪人とみなされている。
その温氏を守る者も大罪人だ。
誰もが温氏の悲惨な死を望んでいる。温氏を守れば世を敵に回す」
江澄は、今や金氏が頂点に立つ社会=世間の価値観を語り
魏嬰は、実現されるべき正義に立脚する自分の信念を語っている。
「お前の正義なんて否定される」
「そうさ 正義であっても否定される。身を隠す以外に方法があるか?」
魏嬰のこの言葉は、25話で藍湛が兄に語った言葉と呼応する。
「ある者を雲深不知処へ連れて帰りたい。連れて帰り、隠します」
魏嬰の正義を誰よりも理解できるのは、共に天灯を揚げた藍湛である。
でも藍湛には、魏嬰の正義が現在の社会とは相容れないこともわかっていた。
なによりも誰よりも魏嬰と魏嬰の正義を守りたいと願う藍湛が
どうすることもできずに絞り出すように発した言葉が、「隠したい」だったのだ。
二人が生きる社会:世家が治める社会の「暗黒」は
生涯の知己と誓い合った二人の間にも頑然と立ちはだかっているのである。
温情が櫛を返した時
「なぜこの櫛を持って私を頼らなかった?」と江澄はきいた。
自分を含む温氏を極悪人と決めつけ
今すぐに縁を切れと魏嬰に迫る江澄を、どうして頼ることができるだろう。
頼ったら、どうなったというのだろう。
「蘭陵で先にあなたに会っていたら、何も顧みずに阿寧を助けてた?」
雲夢江氏を守るために魏嬰をも捨てることを選んだ江澄に
温情の思いは届いただろうか。
温情に櫛を贈りながら
そして温情に向って、私を頼れと言いながら
魏嬰には「お前が温氏を守れば、私がお前を守れない」と言う江澄。
江澄の優先順位は、あくまでも雲夢江氏>魏嬰>そして温情である。
世間の価値観という「暗黒」に呑み込まれながら
受け継いだ雲夢江氏を守ろうと必死にあがく江澄。
そんな江澄の苦しみや辛さを
魏嬰はもちろん温情も
ひょっとしたら江澄自身よりちゃんとわかっていたのではないだろうか。
(25~28話)