時間をおいて考えると、
なぜ私が人に嫌われたか、というのは
結局、鏡の法則によって、
私自身の怒りを、自分では表現できないので、
その保護者の方が表していた、とも言えます。
もしくは、その保護者の方の、怒りの矛先の
一番みじかな存在が、学級担任だった。とか。サンドバッグ的な。
どっちも正解で、どっちが間違いでもいいのだけど、
それすらも感情の発露であり、
生きている、という実感を得る経験と考えると、
ただの、人生のひと時の彩りだったな、と今では思います。
渦中にいるときは、
本当に、洗濯機の中の渦に巻き込まれたような
鳴門海峡の渦潮に巻き込まれた小舟のような
気持ちで、混乱するけど、
ただの気持ち、なんだよね。
そんでもって、長く教師を続けている人って、
全然そういうのに重きを置いてなくって、
ただ嵐に巻き込まれた自分をやり過ごすすべを持っていて、
まあぶっちゃけいうと共感能力をわざと低くして、
毎日過ごしているから、
そして、その耐えた年数が、自信とプライドと説得力に
なっていくから、
保護者と気持ちの通じない事件が頻発していくのだと、私は思います!!