昨日の、亡くなっていた、美術の先生の話の続き。
ちょうど色々と年齢を計算していると、
亡くなった年、2002年は、私と夫が出会った年なんです。
私が夫と結婚しなければ、
地方版の新聞を読むこともなく、
その美術の先生の死を知ることもなかった。
(あ、学校の先生ってわりと突然死多いです( ´ ▽ ` )ストレス溜まるからね)
私、小学校の時、すんごいぼーっとして生きていて、
あんまり記憶がないのです。
だから、我が子が小学校後半ほとんど行けてなくても
焦りが少ない。なぜなら、中学校から知識、成績は挽回できることを
知っているから。ま、うちの子がゲーム漬けでそれどころじゃない
人間になる可能性もあるけど( ´ ▽ ` )
でもその先生とあってからの記憶はすごく鮮明で
その先生が言った言葉とか、いまだに覚えている。
多分、魂的におんなじグループな気がする。
そんで、先生の死によって、ちょっとおかしな方向に行きつつあった、
私の人生が、軌道修正させられたのだと思う。
ま、気のせいっちゃ気のせいなんだけど。
こういうのって物語だから。
なんでも物語になったら、もう完成。
その自分の判断も信じられるし、自分の人生の判断に確信を持つことが
スピリチュアルだとおもう( ´ ▽ ` )