こんにちは😃
またお久しぶりになってしまいました。
安海ひつじです。
近況報告、ってやつ。していかなきゃですね~。
そうじゃなくてもね。
普段感じたこと、考えたこと、もっともっと、twitterとかではなくちゃんと連ねてみたいなって珍しく思っています。
最近、リフレクソロジーについて勉強をしています。
今まで住んでいた実家を少し離れ、ひとりで過ごしています。
一人暮らしって、さみしいものですね。
でも、それでいて私にとっては"楽"なんだなって気付きました。
他者の影響をほぼ受けない時間と空間があることってこんなに心安らぐものなんですね。
数年前にもひとりで短期間過ごしたことが何回かあったのですが、その時は部屋がおばけマンション(?!)だったり体調を大きく崩したりして、そんなことには気付きませんでした。
少し話はそれますが「合う土地」ってありますよね、きっと。
"私、こことても好き。なにがあるわけじゃないけど"
"私、こことても苦手。なにがあるわけじゃないけど"
って。
小さい頃から、無意味に近付きたくない土地がある子どもでした。
それはなにがあるないに関わらず...近所のスーパーだったり、通学路の隣の細い道だったり。
渋谷や新宿、池袋とか、そういう"都会"も苦手でした。
用事があるとき、すごく行くのが辛かった。
私は"気が動いている"のが好きなんだなと思うんです。
今住んでいる実家の場所も、そばに飛行場があって...空気が滞ったりはしないところです。
一人暮らししに勉強のため住んでいるのも、都会ではありますがオフィス街で"人や気が常に行き来している"ところです。
私は"気が動いている"のが好きで、"気を動かす"のが好きなんだと思います。
ずっとやってきた音楽もそう。
"気を動かす音楽"が好きだな。
それは、ドロドロした感情や明るい気持ち、穏やかな心地、なにであるかは関係ない。
それぞれがそれぞれ、尊くて愛しくて必要で、好きなんだなと。
流れていくものが好きです。
きっと、だから尚更音楽...特にライブが好きです。
変わっていくものが好きです。
その中で変わらないものも好きです。
リフレクソロジーのお勉強をさせて頂く中で、先生から
「ひとの手からはパワーが出てるんです。丹田という、そのパワーがある場所から、相手にパワーをあげるんです」
というお話を伺いました。
「音楽と同じだな」
と思いました。
それだけを思いました。
「あぁ、何にも変わらないんだなあ」
って。
そこに例えば"愛"や"感謝"それに付随して"謙虚な気持ち"や"受け入れる気持ち"、"癒せる限り癒したい"という心を持ったときに
人と人との間に生まれるものは、たとえその手段がなんであろうと「そんなに違わない」んだなあと思いました。
なんだかそれが、私はとても嬉しかったのです。
音楽しかないと思っていました。
許せることも、出来ることも、やれることも。
でもね、思っているよりもひとはなにかが出来るのかもしれないと思いました。
思っているよりもたくさん、やれるんじゃないかなと思いました。
思っているよりもずっと、やさしくあれるんじゃないかな、なんて、思ったんです。
今まで音楽という形のないもので何かを届けたいと漠然とやってきたことが
"具体的に身体に直接触れさせて頂き、心身に影響を与えさせてもらう"
という経験を育むことによって、なんだか輪郭と核を持ち始めた気がしています。
もちろん、まだまだ未熟な勉強中の身なので、種ですけどね。笑
それって、考え方によっちゃ危険ですよね。
言葉だけ、触れるだけ、耳だけ、響きだけ...じゃ、ない。
全部なんです。
ぜんぶ。五感も、第六感までも、心までも、そこに"触れる"そして"影響する"ということ。
音楽だから、リラクゼーションだから、絵だから、お料理だから...関係ないですよね。
目だけで見てるんじゃない。耳だけが聴いてるんじゃない。
目で聴いて、耳で見て、もしかしたら嗅覚で触れているかも。
どんなに恐ろしい心地も、どんなに心地いい許しも、ひとはひとに与えられる。
そう思うから、だから、怖いことだなって思うんです。
自分をしっかりとクリアにピュアに保って、愛を持っていよう。
そうやって、今までよりも明確な理由から考え実践するような欠片を見つけたような、そんな気持ちです。
それをね、誰が求めてくれても、求めてくれなくても、私はそうするんです。
だって、それがしたい!!!
そうね、思うんです。
"合う土地""合うひと"他にもいろいろ、合う合わないってありますよね。
それはどうしようもないから、自分から拡げていきたいんだ。
相手にそれは強要したくありません。
欲しいときは欲しい。
要らないときは要らない。
それで良いんです。
ただ、私はそうしていたい。
今やっていること、考えていることも、また時間や経験と共に色や形を変え、きっと質も変えてずっとずっと繋がって連なっていくと思うのです。
それが、なんだかとても愛おしい。
そう思い、未来にワクワクしながら、イマココが楽しくて満たされたきもちなのが、とても嬉しいのです。
感謝の気持ちは、いつ、なにに、どこで繋がるのか
まだわかりません。
わからなくていいと思っています。
今はただ、少しずつ芽生え始めた自覚?ひととしての。存在としての。
そんなものを丁寧に育ててみようと思っています。
自分にできること
自分がしたいこと
少しわかった気がしています。
今までやってきた"音楽""表現"
そういうものの、さらに奥。
"なんでそれがやりたかったのか"
どんなことになろうと、いつになろうと、なにがあろうと
きっと私はそうしていたいのです。
抽象的な言い方になってしまう部分も多くてごめんなさい。
モヤっとする方もいらっしゃるかもしれませんね。
でもね、きっとハッキリと云えるときを連れてきます。
そこに向かっています。
その時まで、気が向いたときには、見守ってください。