尾張徳川家のお殿様のご隠居先 徳川園 part2 2017 August nagoya | moco’s diAry

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おはようございます。

名古屋 徳川園の続きです。

第2代目尾張藩主・徳川光友が
江戸城でのお勤めを終え隠居後の生活をするための場所として
1695年(元禄8年)に造営。

造営後、光友公はこの世を去り、
この時に自らに仕えた家老たち(成瀬、石河、渡邊)に土地の一部を与えました。
家老たちは下屋敷を造営しますが、
その後、家老たちの子孫が、
自らの屋敷の土地を大恩ある徳川家に
1889年(明治22年)に再び返還。
返還後に広大な池を配した庭園が造営されたのが
徳川園の成り立ちなんだとか。

都会にあるオアシスのような庭園には
レストランも完備。
結婚式も出来るそう。

次回は、レストランに訪れてみたいなと思っています。

今朝の京都は、雨でしたが
雲の隙間から日差しが見えてきたので
これから晴れるのかしら。

お盆明けの方もお休み中の方も
素敵な1日を。


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