オッチャン グァテマラから世界へ! -21ページ目

オッチャン グァテマラから世界へ!

2015年4月より、念願だった個人による海外渡航に、チャレンジです。その時は55歳。グァテマラでスペイン語の学校に通い、その後9南米に向い、数ヶ国を巡ってから台湾で新年を迎えることに。次の海外長期旅行に備えて仕事しています。

2019年8月18日 日曜日
京都で生活しています。


ご無沙汰しておりました。


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実は8月8日より昨日の17:35頃まで、ここ関西ではなく実家のある四国にいました。


(実家にはWi-Fi が無くてブログを書くことも見ることも出来ず、、、すみません。)


8日の木曜日の早朝、



これから私の仕事に出かける電車の中で突然の実家からの電話です。



あー!これは母親が何か気を効かしてんのかな、



でも電車では話したくないので、スルー。



実はその日は私の60回目の誕生日でした。



なのでそう思った訳です。



ふと忘れかけてたところへ乗り換えの際にまた電話。



何事!かと思ったら、父親が動けなくなっているとのこと。



母親も動転しているし、自分もどうしたら良いか全く、、、。💦



そのまま仕事場に向かおうと体が動いて電車に乗り継いでいました。



ふと走っている電車の中で考えて、これはただ事ではなく緊急なんだ!と思い直して、



昔の教え子に連絡して実家に向かってもらうようにラインしました。



これが結果的には非常に良かったんです。



母親の電話では全く弟の連絡先が分からない、と言ってます。



かなり動転しています。



自分も帰りの電車を待つ間に同じ四国の教え子から連絡があり、実家に向かってくれることに。



その元教え子に、簡単に状況を説明します。



その他にラインで連絡して今日一日の仕事を取りやめる、ことにします。



(ホンノ1日2日の事だと思っていましたからね)



家に戻ってらシャーロンが何事!



ですよね!



簡単に説明して、連絡のついた弟と電話で話をします。




一方で実家にたどり着いた元教え子から様子が伝わったので



とりあえず父親も母親も病院へ搬送、救急車の出動を依頼するように話をする。



弟も四国に行く、というので、



いくらかこれで大したことなくて済んだ!っと思っていた私も、



突然長男としての責任を考えて、



(そこでかい!情けない!)



実家に戻ることを 弟にも シャーロンにも話をする。




その実家に向かうまだ京都の地下鉄の乗り換えの途中で教え子から電話があって、



どうも父親が救急車の搬送を断る!と話をしているらしい。



(そこでゴネるなよ!っと心では思うが)、、、



何とか救急隊員と電話口の私とで父親を説得しようとする。



15分ほどのやりとりの末、何とか救急病院へ向かうことに。



話が進んだので、ようやく京都から新快速で新大阪駅へ。



そこから新幹線で広島🚅へ





広島では市電に乗って四国行きの港へ向かう。



四国行きのスーパージェットに乗り込むとすぐに出発。






ウトウトしているうちに四国の港に。



連絡バス、郊外電車、




市内電車と乗り継いで病院へ。



病院に着いてから、どこへ向かって良いか分からないし、



受付もバタバタ忙しく働き回っている中、入院してないか聞く。



調べてもらっても該当者なし。



そんな中弟からの電話で、タクシーで向かっているとのこと。



折り返してどこにいるか分からない旨を伝えると、救急搬送される場所が違うのでは?と言う。



????



再度受付に聞き直し、別の受付へ。



問い合わせていると看護師より長男さんですかね。



ハイと答えて向かった先のカーテンの奥に父親と母親が頭を並べて横になっている。



父は顎髭を生やし、



母はいつのまにか頭が真っ白になっていた。



改めて年寄り2人だったことに気づく!



必死に起き上がろうとする母を、寝かして。



待っていると両親を診た医師達が👨‍⚕️👩‍⚕️説明してくれます。



しばらくすると弟も到着。



彼が看護師さんやら医師と会話したり挨拶したりしてたあと、



父親のものやら、消毒用のアルコールやらを近くの売店、薬局に買いに行きます。



介護タクシーを手配してもらって、両親を連れて帰ります。



1日目は家のリビングに父親を寝かしつけて、



なんとか過ごす、一方で、今後のことを考えると、



、、、、、アチャーって感じです。



父親を連れて帰ってきたものの、



家で母親1人で父の世話ができるはずもなく、



すぐに入院できる場所を探します。





先の私の教え子にも相談してみます。



すると連絡が来て知り合いの医師に病院を紹介してくれることに。



私の元教え子の彼は薬剤師の資格を持っており、家族で介護施設を運営している、



ってこともあり知り合いの医師がいた訳です。



その日のうちにその先生と電話で話をして、



父を入院してもらえるように頼みました。




私は父の書斎で、



弟は2階の元自分の部屋で、



休んだのがその1日目でした。




なんとか帰ってこれたので色々と出来ましたが



そこからが大変でした。



では、また。