オッチャン グァテマラから世界へ! -20ページ目

オッチャン グァテマラから世界へ!

2015年4月より、念願だった個人による海外渡航に、チャレンジです。その時は55歳。グァテマラでスペイン語の学校に通い、その後9南米に向い、数ヶ国を巡ってから台湾で新年を迎えることに。次の海外長期旅行に備えて仕事しています。

2019年8月19日 月曜日
京都で生活しています。



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8月8日 木曜日からの話


「父が倒れた!」と四国の母から連絡があって、


急遽 弟と私は実家に向かいました。


救急病院に並んで横たわっていた両親を引き取って、


その日は実家に戻りました。





その日に昔の教え子に助けてもらって、


地元の病院を紹介してもらいます。


翌日8月9日 金曜日には入院っていうことになりました。



もう週末ですし、翌週からは盆休みにもはいると考えられるので、


入院先も早々に決まりホッとします。





っていうか、


もし弟が言わなければそこまで考えることもなかったかも知れません!


残った両親がさらに苦労するままに京都に帰っていた、可能性は十分あります。


帰った後のことまで想像出来なかった、ですね。


情けないけど、、、。



あーーーそうか!って感じでした。


父もまだまだ身体を自由に動かせる、ことはならなかったので


前日自宅まで送ってくれた介護タクシー、やら


ネットで調べた数件の介護タクシーに電話してようやく見つけた会社も電話しました。☎️


しかし、


寝台を入れることが叶わず、車椅子での移動を覚悟していました。


ところが再度その会社から電話があって


別の寝台つきの介護タクシーを紹介してくれて、


さらには予定よりも早く、送ってくれることになりました。


とりあえず午前中に父と共に病院へ向かいます。


一方で、我が弟は空港まで出向いて車をレンタルしに行っています。


今後の移動のことを考えての、、、。


やるなぁ!


本当に、私は何も考えてないすね〜   ♪( ´▽`) 



午後には、



まぁ一応父親を入院させてホッとしていました。





実家に戻った後弟は、家のリビングやらトイレやらの大掃除をしていました。


私も手伝うなり、何なりを、、、と思いつつ。


 ダラけていると、、、


「兄さん!自分で考えて何かしてよ💢」って


      怒られちゃいました。


少し思うこともありましたが、言っていることは正しいので、


  手伝う振りをします。


まだまだ要領を得ないことがあるので弟の様子を伺いながら、


母が片付けることの出来なくなった居間の物を少し動かしています。(笑)



8月10日 土曜日には父親に会いに病院に行きます。




ほとんど食べなくなっていた!


と言いながら、父は倒れてから割と食べているように感じています。


今日はしっかり食べていました。






(その土曜日には8月12日月曜日には京都に帰るつもりでした。)


では、また。