オッチャン グァテマラから世界へ! -15ページ目

オッチャン グァテマラから世界へ!

2015年4月より、念願だった個人による海外渡航に、チャレンジです。その時は55歳。グァテマラでスペイン語の学校に通い、その後9南米に向い、数ヶ国を巡ってから台湾で新年を迎えることに。次の海外長期旅行に備えて仕事しています。

2019年9月17日 火曜日
京都で生活しています。


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それで9月14日土曜日のベッドの搬入とともに


施設への『母親の引っ越し』が 決まりました!


(そうだな、と軽く考えていた9月の第2週の初めです)


ただ母に対して従兄弟や従兄弟の奥さんはとても尽くしてくれるのですが、


前回お話ししたように少しずつ痴呆が進んでいるので、


さらに話がややこしくなっているようです。


従兄弟の奥さんが世話してくれることが、申し訳ない らしくいつ施設に入れるのか、


ベッド🛌が届くのは土曜日のいつなのか、


再々電話で聞いてきます。


時には弟に連絡してきて「今からタクシー🚕で、四国に帰るから‼️」と言って


弟を困らせているようなので、


一応、私が電話で なだめ役に入ってことなきを得ます。


9月14日土曜日のベッドの搬入には、弟の嫁さんが広島から行くことになりました。




私は⁉️  と言うと


教えている生徒たちが文化祭やらなんやらで休み‼️っていうことになったので


私もなんとか行こうか?なぁ のレベル


当初は、弟がそのためにホテルを予約してくれたので


しゃあなしに、、、です。


それでも 土曜日の早朝5:30くらいの始発を考えていました。


でもベッドの搬入🛌の時間帯が朝の9:20-11:20と早まったので、、、


間に合わん‼️


どうするか!






いくつか考えていて金曜の家庭教師の授業を早められる、


となったので急遽金曜の夜の新幹線で九州に向かうことにします。


泊まるところは新幹線の中で、ネットで、調べたホステルです。


九州の駅に到着するのが23:00頃だったので新幹線に乗って決めたのです。


九州の駅に着いてタクシーで私鉄の主要駅の近くにあるホステルに向かいます。



カプセルホテルを予想してましたが1階にはバーやカフェがあり


泊まるスペースにはロッカー、シャワーも完備。


カプセルホテルの狭い空間を考えていただけに、


アコーディオンカーテンの仕切りのある小さいなりに広々としたところです。



(この辺りの身軽さは中南米での旅で身につけたと思っています。)


9月14日土曜日の朝にも母親から電話がありましたので、


従兄弟の家に連絡して迎えにきてもらいました。


そうして もうすぐにも行く!と言って聞かない母を尻目に、


母親がこれから入る施設にベッドの搬入🛌の手伝い?に向かいます。


そこには既に弟の嫁さんがいてガランとした部屋で準備をしていました。


私が施設に到着したと同時にベッド🛌の組み立てを業者の人がしてくれました。


10時30分くらいにはつくり終えて、といっても私もすることがなくて、、、




実は、、、、


私は、またやらかしてました!


行きの新幹線の中に従兄弟、弟、母親に渡すお土産を忘れて‼️ました。


その上私が京都で買った株主優待券はJR西日本だったので、


その忘れ物があるはずの博多の駅まで行かないとチケットが買えない‼️のです。


弟やら母親やらが入るのは14:00頃だと聞いていたのでそれまでに


とんぼ返りすれば、、、、、なんて。ね 


なんとか私鉄を乗り継ぎ博多駅の忘れ物コーナー、JR西日本のみどりの窓口、


さらには少々お土産も買って、


14:00過ぎになんとか施設に帰り着いた時には、


待ち尽くした母親が来ていました。




少し落ち着いた母親、仕事を終えてやって来た弟、私とで、


施設の方からの説明を小一時間かけて聞きました。


お風呂を見に行ったり、夕食を食べたりしてるうちに


遅くなったので土曜日には弟が予約してくれていたホテルに荷物を置き、


そのホテルのレストランで弟、弟の嫁さん、私の3人で食事をしました。


そこそこ食べたはずですが部屋に戻ってからカップ麺を久々に食べました。


だから太るんです‼️



それが9月14日の母親の引っ越しです。


日曜日の夜には、新幹線で京都に帰ります。


では、また。