一つ前の「タモリと戦後ニッポン」でも触れたけれど、21〜23日と喉の痛み・咳・痰揃い踏みで籠ってましたダウンダウン

どうも呼吸器系に難あり〜なmoclチーン

もともと汗っかきのなので、ジムで大量の汗をかきモチロン着替えて次のクラスに入るんだけれど、ゆったりできると期待し入るクラスがヨガ・ピラティスのマット系で、なんだかとんでもなく冷え冷えの状態だったり(直前のクラスの具合やはたまたティーチャーが体温高めの人笑い泣きだったり)すると、急激にカラダが汗冷え状態になるダウンダウン

まぁ連日の暑さ更新でエアコン外せないから、喉の乾燥もドクロ

 

お籠り最後の23日には読む本が無くなったので、図書館へ。

そのなかで出会った下差し

コロナ時、星野道夫氏の本を何冊も取り寄せていたから、すでに出会っているかも〜と思うものの上差しの"顔"ではなかったから手にとってみた。

記事UPのために画像検索していたら下差しもあり、この写真なら〜と思ったけれど、おそらく此れ等の写真はほかにも使われているんだろうなぁ。

 

本書にもどります。

何度見ても、ため息ものの写真ばかり。

望遠でここまで撮れるレンズってどんなん〜目アップ

遠い距離のはずなのに上差しのこの子の表情に、星野さんとの "了解のようなもの" というか "同じ地を生きていく者同志" のようなものを感じてしまう。

 

写真の素晴らしさ、インパクトはもちろんなのだが、紡ぎ出される言葉に圧倒される右下矢印右下矢印

カメ

たとえ親であっても、子どもの心の痛みさえ本当に分かち合うことはできないのではないか。

ただひとつできることは、

いつまでも見守ってあげるということだけだ。

その限界を知ったとき、

なぜかたまらなく子どもが愛おしくなってくる。

足あと

風の感触は、

なぜか、移ろいゆく人の一生の不確かさをほのめかす。

思いわずらうな、心のままに進め、

と耳もとでささやくかのように、、、、、、。

かたつむり

人と出会い、

その人間を好きになればなるほど、

風景は広がりと深さをもってきます。

やはり世界は無限の広がりを

内包していると思いたいものです。

 

ただ、クマ被害が続出している今左下矢印左下矢印

アラスカの自然を旅していると、たとえ出合わなくても、

いつもどこかにクマの存在を意識する。

今の世の中でそれは何と贅沢なことだろう。

クマの存在が、人間が忘れている生物としての緊張感を

呼び起こしてくれるからだ。

もしこの土地からクマが消え、

野営の夜、何も怖れずに眠ることができたなら、

それは何とつまらぬ自然なのだろう。

 

地球の温暖化、戦争に象徴される地球への破壊などなど考えると、不可能になりつつあるかもしれない自然との共存を思い、またすでに自然と化してしまわれた星野氏はじめ被害に遭われた人たちのこと、、、幾重ものやりきれなさが残る。。