「三島由紀夫という存在」の野坂昭如の視点に惹かれて下差しを借りた。

メディアに登場することの多かった氏の著書は初めてである。

1925年生まれの三島氏と1930年生まれの野坂氏、文壇登場はもちろん、歩んだ軌跡もまるで違うのだが、、、野坂氏が掘り起こしたことからすると、意外な共通点や被っているように思えるものが浮かび上がる。

天才と云われた一人の時代の寵児の軌跡をさぐることが、野坂氏自身の軌跡をあらためてさぐることになっていく。

 

「仮面の告白」を読み、私自身がしみじみと感じたのは左下矢印左下矢印

生まれながらに研ぎ澄まされた感性と才能を孕むのには、理由があるのかもしれない。

ということだった。

まさに、そこに切り込んでいく野坂氏の執念とも云えそうなエネルギーは凄まじい。

 

先代は農民であった地位から立身出世し官僚となった祖父定太郎(平岡家)と、士族で大審院判事の父を持ち12歳で有栖川家に行儀見習いとして仕えた祖母なつ。

その平岡家の栄華と零落のなか二人の間に生まれた父梓。

病もあって祖母は梓に対してはあまり関わっていなかったようだと推論している。

梓自身もまったく家の中の人間関係には関わっていなかったようだ。

梓と倭文重に生まれた公威(三島)に対して、なつは異常なほどの情熱で関わる。

二階に住むのは危険だと両親から公威を離し、30分の授乳時間だけ母倭文重にまかせたという。

なつにはお抱えの女中が4人そして看護婦と女だけの中、遊ぶ相手も女の子だけという環境で12歳まで育つ公威。

祖母は徹底して祖父を蔑み自らのルーツをことさらに公威に聞かせ、趣味の文学や歌舞伎等に触れさせた。もともと才気溢れる公威には、審美眼として浸透していったのだろう。

凛気に触れればヒステリーをおこす祖母の元、常に良い子であることが日常になる。

しかし慢性的に自家中毒をおこしたことからも、幼い公威にとってこの環境が歪であったことは言うまでもないが、また彼の文学の基盤になったことも否めない。

ただ野坂氏分析のなかでナルホドと思ったのは、祖父定太郎の無骨でもあり泰然とした佇まいと姿に、公威は "男" を見たのかもしれない〜という指摘だ。

仮面の告白にでてくる "汚穢屋" に憧れ高揚する主人公。祖母の手前、けっして理解してはいけない、理解しようとするも叶わぬ祖父の姿がそこに被ったのかもしれない。

慢性的な自家中毒をおこし、真綿に包まれて育つ少年が脆弱であることは言うまでもなく、また学校に通い出せば人との関わり通常の処世も難しいことを感じないわけにはいかないだろう。

 

「仮面の告白」での "己を異端の立場に置く" というスタイルをとった三島。

そのスタイル(仮面)も時が経てば褪せるだろうし、つぎつぎと新しい旗手もでてくる。

そして否が応でも感じてしまうのは、戦前、戦中の時代にありながら実体験が無いということかもしれない。

その点、野坂氏の数奇な人生と戦争の絡み合いは凄まじい。

方向性の違いといってしまえば身も蓋もないが、過酷ななかを潜りぬけた野坂氏の鋭い視点に感じ入ってしまう。。