昨日、川崎チネチッタにて、「ケサリ」観て来た。

 

 

ついこないだDVD借りて観たばっかりの「パッドマン」で主演していた

アクシャイクマールが主演している映画、ということに加え

 

2014年に初めてインドに行った時に訪れた黄金寺院を本尊?とするシク教徒が主役の映画というのもあって。

 

 

誇りを守るためには、命もいとわない男たちの物語。

 

 

初日は、お盆休みというのもあると思うけど、結構人が入っていた。

 

 

ああしかし・・・

インドという国は、なんというまぶしさなのだろうと思う。

 

 

今、日本がどんどんおかしく悪くなっているのもあるのだけど

 

 

インドだって、色々ダメなところだってあると思うけど

 

 

映画が、すごく元気!

 

力いっぱい、そして楽しそうに踊る人々!!!

 

なんていうかもうそれだけで

 

最低ラインを軽くクリア、という感じだ

 

踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら・・・というやつ

 

 

昔々、とある踊りを習い始め、人前で踊る機会を前に練習していた時

 

その時の先生が

 

「今喉笛にナイフを突きつけられたら、きっとみんなは今よりもずっと必死で踊るはず」と言うようなことを言ったんだけど

 

 

その時の私は、先生の雰囲気に気圧されながらも

 

「いやいや、そんなシチュエーションそもそもないから・・・」

と言う極めて冷めた見解を心の中に抱いていたのだが

 

そのくらいの心持ちでやらないと、何事も底というか真髄が見えてこないのだな、ということを

自分自身がパートナーと二人きり、または一人きりで踊る、という体験をするようになってやっと知った

 

それは、その先生の発言から、何年も何年もあとのこと。

 

人の下について何かをやっている間は、見えないこと、わからないことがある

 

それが序破離ってことなんだろう

 

 

なんて偉そうに書きましたが

 

この世に生まれ落ちて50年弱経つ今になって

 

ああ!そういうことか、とおぼろげながらわかってきたことがあり

 

その事実に愕然としながらも

 

そこから始めなければならないというすがすがしさと愚かしさの中で、息をしている最近です。