どんな斧を投げても金の斧が返ってくる

いろいろと感動
おかげかここのところ毎日全然眠くない!(でも夜は寝るw)

そして楽しい!

感じでいうとワクワクする
ドキドキする

少しでも
その数学的な美的感覚に
そのセンスに
そしてパーソナリティに
私も近づきたい

この最も恵まれた
すごい環境にいられる残り少ない幸福を
惜しむように
毎日を大切に
しよう
とか

やさしくてふわふわとしていて
なにかこう大きくやわらかいもの
そういうものに包み込まれているような感覚
メモ

読書

他の本を読む

感動を覚える瞬間増える

多様な種類の本を読む

未知の世界を知る過程→自分の世界を広げていく上で重要

未知の世界の存在

世界の多様性を認識

自分の常識が全く通用しない世界の存在

自分の存在が相対化

オープンな精神が持てる

オープンマインド

すべてのことを理解することは不可能ということを認識

諦めが機能しやすくなる

自分の世界を頑なに守ることもなくなる
2度寝で素敵な夢を見て
初 寝坊で遅刻かしらと
いろいろと端折りおうちを出ると
一番乗りで鍵を開けてみたり(みんなギリギリ)

もうすこし眠っていたかった

先月とあるピアニストさまの演奏会をうっかり逃してしまい
今週も再び逃す

自分の中の全順序集合は
日々変化するようで

今はいつでも聴けると思っているけど
わからない
でも自分が本当に必要なものなら必ず残る
とか

信用している
ただ信用されてはいないかもしれないw
でもそれはそれで仕方がないのだ

夕方におやつを食べながら読む
ハルキストとしてのプーシキン

スペードの女王に
なんとなく数論的なをかしみを感じてみたり

やっぱりこの季節になるとロシアの音楽や文学作品がなんとなくしっくりくる
アンスネスのラフマは不敵に素晴らしく(電車で涙)
N響のグリンカは予防接種で弱った私を慰めてくれる(ルスラン!そしてまだ赤い..)

ロシア的 孤独で独特な感覚を時代を超えて共感したい
古典作品を現代的な思考を持って解釈することは
非常にクリエイティブな行為だと
東浩紀様が言っていたし

ただいますごい毎日

うれしいということを
うれしいという言葉で伝えられないこと以外は
全てうれしい

Need more.
ある意味仕事中は一番研究から頭が離れる時間だったり

こういう気持ちは全く日本語では表現できないような
そしてどこにも持って行きようがなく
全然どこへも持って行く必要はない

家人が優しくてうれしくて
そういう気持ちは素直に簡単に言葉にできごく自然に伝えられる

でもここは「うれしい」も「すごい」もどこか違う

庄司紗矢香が情熱大陸で今の気持ちはと聞かれ
 シュトラウスのソナタ
と答えていたのに習ってみると

スクリャービンのロ長調の前奏曲

 そんなに簡単に表現できる感情でないのだけどと
ペッパーバーガーに向かって呟いてみると
 それはごく一般的な恋の感情なのではと

私の知る限り最も冷静な妊婦
ならば私の幸福は私の大切に思う人が最も幸福であることと定義して
夜のお星さまへ安産をお祈りします

とか書き残したかったことはそこではなくて

とあるレポートにて専門でない課題がでるも
言語の問題でなく困り果てる

いただくコメントそのものがすごい贈り物だったり
自分の知らない世界について教えてくれるひとが
その研究の専門家だなんて
こんな幸せはちょっとない

気持ちとしては世界中に自慢して歩きたい!

とか
生き方それぞれ
考え方いろいろ

やることいっぱいで
大変でうれしくてがんばりたい
眠れなかった

体調が悪くない
どんなに眠れなくても昼間も眠くない
体も健康そうだ
まぁいい

気にし過ぎなのだろうか
ただ私は地球に存在しようがしまいがこの世界は全然何も変わらないけども
そうでない人に迷惑をかけてしまうこと
可能性だろうと

人の言葉がこわい
だいすきだ
おそらくいままでの研究室にいる女の子のなでいちばん好きなのだ

ただしきりに,他の研究室の女の子たちへネタ的に話している
ただのネタであろうその言葉に
自分らしくなく凍り付いているような
私はうまくうけ流すことが出来ているのだろうか

迷惑をかけていないかという指標はすごく大切

年々つまらない人間になっているような気がする
向いていない
なかなか気持ちに反する行動が難しい

こんなに長くここに居られたという
すでにある事実が幸せな事
あと1年ちょっと
きっと最後になるであろう思考を広め深める過程を
心から楽しみたい

ある日ふと思いついた考え方で再びコンクールに出るようになった

 自分はこんなに素晴らしい世界があることを知っていて,
 それを誰かに伝えられる可能性をテクニックとして経験的に持っているのに
 それをしていない
 というのは何らかの怠慢なのではないか

無い部分を注視するのでなく
あるものに目を向ければおのずと自分のすることが見えると

 その人の人格をとうといものと認めてうやまうこと。
 その人の行為・業績などをすぐれたものと認めて、その人をうやまうこと。
 「敬う」は、対象を高位のもの、上位のものとして礼を尽くす意

やはり自分は年々つまらない人間になっている
考えない
もっとシンプルに

 すごく魅力的な人がそばにいて幸せ

That's it.

加藤和也先生がマイブーム
研究もすきだけど勉強も楽しい
―主題と―

今一度冷静になって
それでも
もっとも心に残るメールであることに
変わりはない

当てはまる日本語の形容詞が見つけられず
ただ
実際の自分は全くそうなれていなくて

こういう話がある
奈良さんの撮る写真を見て
アラーキーさまが言っていた
 奈良さんがいい顔をしているからそれが鏡になって
 写る人がいい顔になる

きっと
「私もそういう人間になりたい」という気持ちから
私がそちら側を向く
そして鏡になって
私がそう見える場合があるのではと

いただいた言葉を大切に大切に
その言葉に漸近していけるよう

大抵のすごいと感じるひとは
自分がすごいひとであるという感覚が(興味も)ない
と思う

―変奏1―

Proms2013のドリーブ

レオ・ドリーブ
1836年2月21日-1891年1月6日
ショパンよりも少し後
コッペリアとジゼルの音楽を作曲した

 まだいたのか!こんなツボの作曲家が!

という
ケチなチラシの様な言葉がふと口に出てしまうほど

バレエ音楽をついつい他の音楽と切り離して考えてしまうけども
これは音楽として独立させても
もう十分に
理解しやすくそして楽しいw

ラモーやマスネもものすごい!
フランソワ=グザヴィエ・ロトの指揮
というか音楽の作り方が
これは私はとる!
と即決できる説得力(すごーく怖そうだけど)

―変奏2―

吉田秀和さまの「この1枚」で,
ポリーニのショパンを「彫塑的」と表現していて

頭の中で
勝手で自由で楽しい解釈教室が開催され

偉大な身近なピアニストや作曲家が
どんどん「彫刻的」と「彫塑的」に分類されていくという

吉田秀和を真剣に読むようになったことだけとったって,
すでに偉大なる貢献なのだけどと


たのしいまいにち
やるべきことを
もっとこうりつよく
それは、見る人によっては
 もっと言い方があるのではないか
ということもできるかもしれない

でも
 それだけ率直な意見をもらえる人がいる
という方をとってみたり

年下だけど
もはや私にとって偉大なる師匠

日々、学校もおうちも私のようにこれまで何ら努力をせず、
ここまできてしまった者にとって
本当にありがたいと心から感じる
素晴らしい環境と人がいてくれると
常々思うのに

ただひとつだけ
ここがダメなことが
生活のすべてをひっぱってしまって

でも
熱で寝ている家人の横で思いっきり泣いたら
ものすごくおなかがすいてきて
今元気が出てきたり

大いなる検討違いな方向であったのだと
内田さんの演奏は掛け値なしに全くもってすばらしい
ただ私がお手本にすべき演奏では

こんなこと
全然やらなければと
思うのに
それをすると私の存在自体が怪しくなってくるようで

すべての人が同じ環境で育っていない
というのは
私に全然たりなかったものがあるということでもある

たとえば
一番大切なもの
お金じゃ買えないもの

その
 なんとかなる!
が聞きたかったり

ダニエル・バレンボイムのソナタの12番が
もし
家人や研究がなかったならと考えると
本当に怖いくらい

すべての答えが詰まっていて
気づき
その
繰り返し

悔しいという感情は
ピアノ以外ではなかなか湧いてこない
悲しいとか自分の勉強不足という感覚は恐ろしいほどあるのに

多分
そこ以外は全てがまだある程度に達したと感じていないんだと

いつもいつのときでも
戦うべき相手は内側に
ある
シューベルトのピアノソナタには
一種の尊敬に値する
一定の退屈さが保存されていると言っていい

少なくとも次の曲として
ショパンやベートーベン、モーツァルトのピアノソナタを渡されるよりも
幾分テンションが下がる気持ちは否めない

ただ、それがゆえに得られる感覚、価値というのももちろんある

完璧であるものにため息をつきながら感激することも人生におけるひとつの幸福であるけども

不完全なものに挑む精神というのは、
その領域にいったことのある者でしかわからない感覚で
そこで感じる感覚はまた別の次元の幸福がもたらされるかもしれないし

音楽はハーモニーであり協調、調和が重視され

そこにファウンデーションのある人間は時としてルールよりもそちらを多いに重視する傾向があったりで

私は絶対に警察官に向かないと
警察官に言われれば間違いないなと

12月からyagpに感化
毎朝ここから一日をはじめて

こんな気持ちをもらえてしまうと
断然バレエを薦めてしまっていたり

若者の素直さに目が痛い
この連続的な世界の全てを舞台で踊ることの難しさを
感じることの出来ること
それだけでもすごくラッキーなことだ

私もがんばりたい
私のがんばるべきものを

感謝の気持ちといろいろ

Feynman Lectures @ Caltech

なんと素晴らしい大学なのでしょう.
これこそ社会貢献です.

ファインマン物理学の原文(日本語版のⅠ,Ⅱ巻)が,
美しいhtmlファイルで読めてしまう件について.

chromeの印刷機能を使って必要部分のみをpdfに.
そしてipadへ.


金曜日,某省庁の集まりになぜかお呼ばれされるも,
分からない言葉のオンパレードでヘコむ.

私もそのギャグで笑いたいなぁ..
もっと勉強しなくては!

ともあれ皆様とてもよい方で楽しく過ごす.
冷静になるとこの人たちによって,
一体どの規模の税金が動いているのだろうと
ちょっとワクワクする.

でも一般企業の方と並ぶと,
私にとっては一般企業の方の方が
話がおもしろい場合が大半だったり.

そのガツガツさが新鮮です.
そしてやはり私はシックになれないのだなぁとしみじみ..
(しかし我がゼミのボスは非常にシック)


ともあれ,自分の属するところとは,

「外気にさらされるお湯の分子の増加が..

とか言いつつ,
しゃぶしゃぶを食べていたりするのでした.
例えば,
トルコ行進曲を変奏曲風に弾くことは,
知識が共有されていることを前提とした
冗談だったり(多分)

モーツァルトのピアノソナタ第11番の1楽章は
変奏曲の形式をとっているから

みんな大好き第3楽章を変奏曲風に
どんどん
適当に
非適切に
壊滅的に
幻滅的に
変奏(変装?)させていくことがパロディとなる(はず)

こういう音楽の質をヘドニック分析でモデル推定しようとした場合,
場の盛り上がり度を非説明変数とすると,

各説明変数は,
音楽的素晴らしさは負の相関をとるけれど,
技術的な難易度やアルコールの摂取量,他の曲からの引用とはきっと正の相関となる

人間的な成長という意味で年齢を時点ダミー
門下別に地域ダミーをとって

きっとプレイヤーさんは直感的に
パラメータの決定を頭のなかで行っているのかなとか

ともあれ
共有の知識を前提とした世界のネタで笑えることは,
その世界に自分が属していることの大きな特権


先生に教えていただいたNHKスペシャルを
次の日にはスマホに入れる事のできる喜び

私はあと2年半(くらい)しかここにいられない

だから,
せっかく本当にすごい人の傍にいられるのだから,
もっと勉強して,
聞きたいことを聞ける環境を大切にしない手はない

聞きたいことを聞ける環境がどれほど貴重なのかが,
今になって分かるからこそ

著作権法第30条
私的利用の範囲は,
「自分自身や家族など限られた範囲内」

など?
など!

吉田秀和さまの自炊本を再製本にあたり,
開き具合はヘレン版,めくり易さはウィーン版,
音友版の仕上がりの場合は返品ですね



普段と全然関係ない世界の人に会うと
つい同じことばかりを話してしまっていたり

嬉しい気持ちになることがいっぱいで..
塞翁が馬