設立13年のモカフルー誕生の軌跡
前回の続きです
雑貨屋を始めた大きな理由に、
今でこそハンドメイド作家というジャンルが確立されていると思い
のちの雑貨屋開業には手作りというのが大きなキーワードになりました。
遡って綴ります…
私は昔からものづくりが好きでした。
幼い頃は主に手芸。
いくつの時から針を持ったのかは記憶にないのですが、
「フェルトのぶたのマスコット」です。
仙台にいた小学校2年生の時でした。
目や鼻をアップリケしてブランケットステッチで周囲を縫い綿を詰め、、、って言うアレです(笑)
自分で作ったということが嬉しくて嬉しくて持ち歩いていました。
なのにそれを持ってジャスコに行ったら店内のどこかに落としてきてしまいました
子供心に本当にショックでショックで。

(今も夢を見る事がありますwww)
それでもその後も手
針と糸、フェルトや布を使うものに限らず、ビーズやマクラメ、(←
とにかく何にしても「作れるものは自分で作る!」
例えば、ひとつの空き箱を見て「これ、何か作れないかな?」
逆にすでに存在する(売っている)ものでも買わずしてなんとか自分で作れないかな???という思考です。
※例)昔聖子ちゃんがCMに出ていた『アーモンドチョコレート』のスライドする箱みたいなカラクリがあるようなモノは堪らないワケです(≧∇≦)
コレは筆箱にするワケですが、むろんそのまま使うワケではなく、布を貼ったりかわいくするのが子どものわたしには精一杯でしたが…『カリッと青春~ 』知ってる人は年代がバレますね~www
↓せっかくなので貼っておきます


いずれにしろ「自分で考えたり工夫したりして作る」
今のように大手チェーン店の手芸店はない時代でしたので、
そこで見る色とりどりの刺繍糸や毛糸に心躍る子どもでした。
そう
その頃の将来の夢は「手芸屋さん」になること!(笑)
お!やっとキーワードに近いモノが出てましたねェ~www
ちなみに手工芸以外でも絵を描く事が好きだったのでマンガ家も夢のひとつで、
お小遣いですこしずつ買ったりも(笑)
話は戻って手芸の件。
それは中学~高校時代も続き、巾着袋からリュックやバッグ、
単純に手作りが好きだった、ということと同時に洋服、バッグ、
もちろんデザインなども自分だけのオリジナル!
そして高校卒業後の進路。
洋裁かデザインの専門学校で悩みに悩み、、、
洋裁の学校を選択!
ここでは主に洋服作りの基礎から、自分でデザイン→型紙(
というようなことはを学びました。
ただ諸事情で卒業に至らなかったので、
そんなことがあり、その時は
おそらくここまでの経緯を読んだ方は、
でも事務職に就いたことに後悔はありませんでした。
好きな事と仕事は必ずしも一致するわけではない。
事務職という仕事で学んだことはたくさんありましたし、
むしろ事務職は自分に向いていたのもわかりました
そしてその経験はのちにさまざまなところで生かされました。
ただ振り返って思うのは、若干ハタチの若造であった私ですが自分が担う仕事の中で
「この仕事のやり方では効率が悪くないか?
「こんな風にしてみたらよりよくなるのでは???」
上司や同僚に提案してシステムを変えたり、
やはりここでも自分で考えて、
それはその後の転職先でも同じでしたし、
そのような発想は親に言われた記憶はないし誰に言われたわけでもないのですが、幼い頃からの思考の癖からきて
★ないものは作る。
★不便なものをいかに便利にするか。
★『あったらいいな♪を形に イヒッ!旭化成』まさにコレと同じです(笑)
ハッ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
ここまで書いていて、ややっ!!ちょっと長ったらしくなってる…
(汗)
これじゃ自伝じゃないか???
誰がそんなこと知りたいって???
そんなことが頭を巡っていますが、
要点を絞って書き出すのは至難の業でして(。-人-。)
これでも一通り書きながら、
と思いながらキーボードを叩いているのですが

修正、校正、、、、
スミマセンm(_ _)m
もう少しお付き合いいただけると嬉しいです
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