風音 | 恋愛研究家

風音

こんな季節はずれの時期に墓地を訪れる人間はいないようで、
高台にある彼の墓は冷たい北風の音の中、静かにひっそりとたたずんでいた。
僕は手にした黄色い菊の花を供えて、手を合わせた。
あまりにも若すぎる年齢で人生を終えてしまった友人のことを思い、
想像の及ばない死後の世界で彼が幸せでいることを心から願った。

静かに目を開けて立ち上がったとき、冷たい一陣の風が通りすぎた。

背後に人のいる気配がした。振り向いた先に立っていたのは、
長い黒髪のきれいな女性だった。新聞紙にくるまれた菊の花を抱いたその女性は、
誰もいないはずの墓地でひとり手を合わせていた僕の姿に驚いているようだった。
彼女には見覚えがあった。彼女は墓地に眠る友人の恋人だった。
校内で何度か見かけたことがあった。少し愁いを帯びたように微笑む女性だった。
廊下で肩を並べて話をしている友人とその女性を見かけるたびに、
言い表せない違和感を感じた。

“心ここに非ず”

二人は寄り添って笑い合っていたが、 なぜか、僕には、
二人の気持ちがとても遠くにあるように感じた。
そして、多分二人とも、それを暗黙のうちに理解しているようであった。
彼女はゆっくりと僕の目の前へやってきて、
「こんな時期に墓参りに来る人なんて、私ぐらいだと思ってた。」
と言って微笑んだ。痛いほどに寂しい笑顔だった。
彼女は、花を生けながら、背中で小さく呟いた。
「ありがとう。」
そして、また一陣の北風が通り抜けた。

その風音に紛れるように僕の耳に寂しげな声が響いた。
その声は、とても近くにいるように感じて、僕は思わず振り向いた。
けれど、そこには整然と並ぶ墓がたたずんでいるだけだった。
驚いてあたりを見回している僕を振り返って、彼女は、
「どうしたの?」
と不思議そうに問いかけた。
僕は、苦笑しながら、「なんでもないよ。」と答えた。

墓地で聞いた声は気のせいだったのかもしれない。
彼女の心に呼応した北風が嘆いた声だったのかもしれない。