「ジャズ批評」誌上で寺島靖国氏とジャズ批評社が「ジャズ批評誌を批評する」に関してバトルを繰り広げていますが読んでる方としては実にくだらないことと言わざるを得ない気がします。ジャズ批評誌のライターが取り上げるジャズはどんなものでも良く、「スィングジャーナル誌」が取り上げないようなマイナーな作品であれば私なんぞは大歓迎です。ジャケットに惹かれて購入するのも良し、批評に惹かれて、納得するなりして購入するのも良し、と思います。逆に寺島氏の主張は間口を狭めてしまい、ジャズの未来を考えると危険な気がします。かつてオーネット・コールマンの出現を訝った批評家を考えると答えは簡単。最近の野球界と似ていて、古いものが良いという悪しき風潮と同じ気がしてなりません。コルトレーンが嫌い、エリック・ドルフィーの作品は心のない音楽、と言い切ってしまう寺島氏はなんと了見の狭いリスナーなんでしょうか。全ての作品をテーブルに載せて「批評」する、それでいいじゃないですか。私はコルトレーンもドルフィーも、ティム・バーン、ジョン・ゾーン、死んでしまったトーマス・チェイピンも聴きますし、ズート・シムズ、ボブ・ブルックマイヤーも好きです。54年にStoryvilleから発表されたズート・シムズとボブ・ブルックマイヤーのTonight's Jazz Todayの3曲目、ジェリー・マリガン作 The Chantの楽しさはこのレコードでしか味わえないものです。ここではボブもズートも暖かく、ずれたユニゾンが心をウキウキさせます。いいじゃないですか、どんな作品を批評しても。批評しないよりはした方がいいに決まってる訳ですから。でなければ取り上げられない作品は永遠に人の目に(耳に?)触れられなくなりますよ。