水道橋から春日に向って歩く途中にあります
江戸時代は付近に春日の局の屋敷があり、邸内鎮守として創建されたそうです
春日の局は敗軍の将の娘から権力者へ大出世したことから、出世稲荷と呼ばれているそうです
春日の町の由来は、春日の局の家人達が多くこの辺りに住み、町となったことに由来しています
子供のころからよく「春日の局が…」と聞かされていたけれど、その頃はよくわからずに住んでいました
確かにここの辺りから水道橋~神保町方面にずっと歩いていくと、やがて皇居のほうへ行けます
江戸時代の家人達って、結構長い距離を歩いて通勤?していたんだなと余計なことを考えてしまいました