山本太郎弾丸移動!今度は北海道

最初は私も山本太郎を評価していましたが、佐賀県庁への突撃以降はまったく評価していません。
正直、「脱原発」の障害の1つだと認識しています。

長期的に見ると、山本太郎の行動は脱原発派に不利なのです。
今回のアポなし訪問も佐賀県庁への突入も、「脱原発派=過激派」と誤認される要因になるのです。

特に山本太郎は芸能人なので、行動がピックアップされて報道されます。
一般の人は市民団体の行動は把握していないため、山本太郎のような有名人の行動が脱原発派の動きと認識される可能性は大です。
「アポなし訪問」「県庁突入」といった行動は原発に無関心な人たちが脱原発を嫌う要因になるのです。

現に、今では脱原発に否定的な人が多いです。
これは菅直人の無責任表明と効果の上がらない行動ばかりを行った脱原発派の責任でしょう。

脱原発肯定40%、否定47%=7割が「来年までに衆院選」-時事世論調査

山本太郎が必死なのは分かります。
しかし、彼は典型的な『無責任脱原発論者』なのです。
その証拠に電力不足の対案などを持たず、アポなし訪問といった社会人としてのマナーを無視した行動を取り続けています。

結局、脱原発の鍵は一般の人なのです。
「原発には反対だけど、デモまではしたくない」という人はたくさんいます。
しかし、一般の人の弱めの脱原発の考えは原発容認派の理論的な電力不足の説明や経済への影響を語られるとコロッと変わるのです。
だからこそ、脱原発派も理論的でないといけないのです。
山本太郎のような感情のみの行動は後々、必ずマイナスに作用します。

街中で必死に署名活動を行っても「脱原発派=過激派」という認識を持たれていては署名なんてしてくれません。
あえて言いますが、山本太郎はもう動かないでください。
邪魔なんです。

Twitterなどでよく菅直人を支持している脱原発派の人を見ます。
正直、救いようのない頭の悪さだと思います。

おそらく、菅直人の『脱原発依存』表明を支持しているのでしょう。
ですが、この表明はウソがてんこ盛りです。

1つ目は、『脱原発』と『脱原発依存』はまったく意味が違います。
『脱原発依存』は「依存状態をなくす」という、非常に曖昧さを持った表現なのです。

2つ目は、そもそも菅直人は脱原発を行う状況を自ら破棄しています。
当然のことですが、菅直人一人が頑張った所で脱原発は100%無理です。
閣僚や他党との連携が必須です。

しかし、菅直人は他党どころか閣僚からも見放されている始末。
重要人物である海江田万里は顕著に菅直人を見放しています。
この状況で脱原発は絶対に出来ません。

3つ目は、ビジョンがないことです。
脱原発の話になるとドイツが例に挙がりますが、ドイツは2022年までに脱原発を完了するという長期プランです(しかも、フランスの原発からの電力を購入できる状態)。
一方、菅直人は時期だけでなく、何をするのかすらもまともに説明しません。

真剣に脱原発を目指す人はたくさんいます。
その人たちの共通の認識は「菅直人では脱原発は絶対に出来ない」なのです。

今、無責任に脱原発を叫ぶ人たちは政治への関心・知識が非常に乏しいです。
民主党の本質を知らないから、菅直人の思いつきに騙されるのでしょう。

今、日本では「脱原発」を叫ぶ人が増えています。
しかし、真剣に脱原発を考える人と騒ぎたいためだけに脱原発を叫ぶ人がいます。

私は福岡に住んでいます。
そのため、玄海原発の再稼動の有無は非常に気になります。
しかし、福岡で脱原発のデモや行動を行っている人からは真剣さが微塵も感じられません。


まず、デモのやり方が逆効果なのに気づいていません。
6月に福岡の天神という場所で行われた脱原発デモは「音楽デモ」で、デモ行進中に音楽を鳴らすというものです。
これが非常に評判が悪いのです。

そもそも、音楽デモはやっていい場合とやってはいけない場合があります。
メッセージ性のないデモであれば注目を集めるだけでいいので音楽デモは有効ですが、脱原発というテーマのあるデモで音楽デモは自殺行為です。

次に、九州電力本社前でテントを張っている人たちも無意味です。
どう見ても「自己満足」の世界です。

九電前はそこそこの人通りはあります。
行動自体は認識されるでしょうが、そこでどう思われるかを考えていません。
テントの中で座って署名を待っているだけの人に好感が持てるでしょうか?


私は昔から脱原発のためにいろいろとやっていますが、今福岡で騒いでいる人たちと合流することは絶対にありません。
騒ぎたいためだけの人たちは邪魔です。

このブログは更新回数はそんなに多く出来ないかもしれませんが、真剣に脱原発を考える人たちが1度でも目を通してくれるように頑張りたいです。