今日9/1から、遂に令和仮面ライダー第1号、「仮面ライダーゼロワン」がスタートした。

あの名作エグゼイドと同じ高橋祐也が脚本を担当していたことや、変な捻りがなくストレートにカッコいいデザインに期待しつつも、ジオウの惨状から不安視する気持ちもあったが、とりあえず感想を書いていくとしよう。


率直に面白かった。
ただ面白いだけではなく、第1話として非常に整ったつくりになっていたのが非常に好印象だ。

まず最初にいきなり作中CMでもって世界観を明確に見せ、主人公である或人のキャラクターをしっかりとアピールした上で仮面ライダーとなる下地を作り、滅亡迅雷.netの目的とその裏に潜む何かを仄めかした上で戦いに突入させ、或人のヒーロー性をアピールした上で初変身と戦いを見せ、そして或人が以降も戦う理由を作った。
まさに、お手本のような第1話と言えるだろう。


個人的にとても気に入ったところとして、ヒューマギアである腹筋崩壊太郎の立ち位置がある。


人間とアンドロイドが共存している作品は多々あるが、それらの中にはアンドロイドは人間の感情の機微を理解できない、としたものは少なくない。
もちろんそうした設定を上手く料理して面白いシナリオに仕上げた作品も沢山あるが、「人間にはAIと違って心があるから…」というテーマそのものは、現代では正直ありきたりと言わざるを得ないだろう。

しかし、腹筋崩壊太郎は人間である或人よりも上手く笑いを取り、そしてそれに幸せを感じていることを明示し、むしろ非常に人間らしいキャラクターに描かれていた。
滅亡迅雷.netのやりとりから察するに恐らく彼は学習によって感情を理解していったのだろうが、それはまさに単なるコンピューターではない、人工「知能と言えるだろう。

そんな心を持った存在をあっさり破壊してしまっていいのかという思いも、確かにある。
が、作中でマギアに変わり果てた腹筋崩壊太郎はついさっきまで人を笑わせるために働いていたのに、人類抹殺という真逆の目的のための殺戮兵器へと見る影もなく変貌させられた被害者だった。
言うなれば、或人/ゼロワンは滅亡迅雷.netの手で自らの幸せを破壊するための傀儡にさせられてしまった腹筋崩壊太郎を、その苦しみから解き放ったのだと、僕は見ている。
牙狼シリーズの魔戒騎士は、ホラーを斬ることで、襲われる人間だけでなく憑依された人間の魂と尊厳を救う存在としても描かれていたが、ある意味それに近いものがあるかもしれない。

更に、この一連の展開は或人が戦う決意を固め、ヒーローとなるまでの過程とも繋がっている。
笑顔とは言わば人間の幸せの象徴のひとつであり、だからこそそれを奪う滅亡迅雷.netは明確な悪であり、彼らからなんとしてでも人々を守らねばならない。
単純といえば単純だが、むしろそれくらいの方がヒーローの誕生のカタルシスを阻害しなくてかえって良いだろう。

AIとヒーロードラマを組み合わせるための重要なガジェットが、まさに腹筋崩壊太郎というキャラクターなのだ。
新世代の仮面ライダーの最初の怪人としてはとてもいい仕事をしてくれたと言うほかないだろう。


仮面ライダーといえば戦闘シーンも重要だが、勿論そちらも抜かりはなかった。
スピーディーなアクションやトドメ演出もさることながら、CGも織り交ぜて跳躍を多用していたところも高く評価したい。
初代ライダーでも見られた、バッタを人間大に拡大すればこれだけのことができるという表現を現代の最新技術で存分に見せつけた所からは、先程も触れたヒーロー描写と合わせて新世代の仮面ライダーを作り上げてやろうという強い意気込みを感じずにはいられない。

また、細かい点だが、高く跳びすぎてジェットコースターのレールに乗ったゼロワンがビームを撃たれた際、ひらりと回避するのではなく、身体を張ってビームを受け止め、レールを守ったところも好きだ。
自身のダメージ回避のために遊園地を破壊してしまっては、ラストシーンにおける園長の台詞に説得力がなくなってしまう。
こうした細やかな描写がしっかりしていたのは非常に好印象だ。



以上が、「仮面ライダーゼロワン」第1話において僕が主に気に入った点だ。
細かい評価点は他にも多々あるが、主に気に入った点てしてはだいたいこんな感じになる。

もちろん、まだ放送されたのは第1話のみであり、後半から失速する可能性もまだ残されてはいるが、少なくとも現時点では非常に満足感が高い。

ゼロワンがこの面白さを最後まで維持し、1年を無事に駆け抜けてくれることを願いたい。