その9≪イリュージョン≫ | The Prison Chronicle ~リアルタイム刑務所日記~

その9≪イリュージョン≫

 私はこの徳島刑務所に来れて本当に良かった、と最近までは本気で思っていた。

その根拠としていくつかの理由が存在しているのだが、まず一つ目に上げられるのは、食事が良いという点である。

まぁ、所詮は前の施設と較べれば、という程度に過ぎないのだが、毎朝出される味噌汁にはしっかりとダシが効いているし、味付けなんかもまともなものが比較的多く感じられる。

それに、主食=ゴハンとかパンや、副食=オカズの量も(主に主食に限っては作業内容によって量が区別されていて、多い順にA食、B食、C食となっている。ちなみに私はA食だ)もそれなりに多いので、ほぼ毎食私の満腹中枢は満たされている。

御陰様で2ヶ月足らずで3キロも太ってしまった。

懲役にとって”食”はかなりの重要な位置を占めていると言っても過言ではないだろう。


 そして二つ目は、風呂場が超が付くほど綺麗なのである。(昨年新設されたのだそうだ)

以前に書いた分類センターの風呂とは全く違っていて、規模も一度に80人がシャワーを使えるというものである。

勿論シャンプーも今では普通に使えている。

更に、聞いたところによれば、ほんの数年前までは何処の刑務所でも水の使用量に制限があったらしく、頭を洗い流すのに3杯、体を洗い流すのに5杯、そして風呂から上がる際の掛け湯に3杯(いずれも洗面器で)などと決められていて、それ以外の使用は一切認められていなかったそうなのだが、今現在私が見る限りでは使いたい放題である。

時間は15分以内と短いのだが、近所の銭湯の様な感覚で入れてしまう為、入浴は数少ない楽しみの一つとなっている。


 そして三つ目だが、それは刑務官の質が全く違っているという点である。(後述するが、これは決して良いという意味だけではない)以前私が居た東北管区の分類センターがいかに厳しい所だったのかが良く解る。

刑務所には特別警備隊(通称トッケー)という屈強な刑務官(おそらく皆さんは挌闘家です)ばかりで編成された組織が存在している。

その本来の目的は、刑務所内の治安の維持かと思われるのだが、分類センターに居た頃の特警はそれはもう酷いものだった。

その頃の我々の作業というのは居室内で行われていたのだが、彼等は毎日2、3人で巡回に訪れる。

その際、何ともいやらしいことに、この人達はわざと足音が聞こえない様にそうっと廊下を歩き、我々が気付いた時には既に部屋の前に立っていて、中の様子をじっくりと窺っているといった具合である。

センター内では作業中に勝手に会話をしてはならない。

会話がしたい時は”交談札”という札を頭上に掲げ、「交談願います!!」と言わなければならないのだが、刑務官が近くに居ない時には阿呆らしいので誰もそんな事などせずに勝手に会話を交わす。

そんな時に偶然特警が通りかかり、不運にもニヤついたり、よそ見などをしていようものなら、彼等は居室と廊下を隔てる鉄格子付きの窓を力任せに開け放ち(余りにも力を込めすぎて開けてしまう為、その反動で再び閉じてしまったりする)

「お前らは笑う必要なんかねぇんだよ!!」とか、「なんだ、お前らはよそ見してた方が仕事の効率が上がるのか?」などと容赦無くうなり飛ばすのである。

文句の一つでも言ってやりたくなるが、そんな事をすると”担当抗弁”という規律違反行為とみなされ、連行されて取調べを受け、その後には懲罰が待っている。

余程の理由が無い限り刃向かう奴はいない。


 刑務所初体験であった為、この様な環境が当たり前なのだと思い込んでいた私は、此処へ来てかなり拍子抜けしてしまった。

厳しさに限って言わせて貰うと、当社比約10分の1といったところか。

国内の刑務所は「受刑者処遇法」(来た当時は監獄法だったが)という同一の法律下に置かれているにもかかわらず、この差は一体何なのだろうか?

単なる土地柄だけだとはとても思えないのだが・・・。

多くは謎に包まれているが、とにかく今のところゆるゆるなのである。

先輩受刑者の方がよっぽど厳しく指導してくれる。

そんな訳で私は刑務官の誰からも咎められること無く日々を送ることに成功している。


 ゆるゆるなのは我々にとって大いに結構なことではあるが、ちょっと乱暴な言い回しをすれば、これは”やりっぱなし”という側面を含んでいるとも言える。

「漫画実話ナックルズ」という月刊誌を御存知だろうか?

現在売りに出ている8月号のP174に掲載されている記事を是非読んで頂きたいのだが、そこに書かれている内容は誇張など一切されていない事実だと考えて頂いてまず間違いないだろう。

この手の話は周りの受刑者からも本当によく耳にするので、ごく日常的に起こっているものと思われる。

この場で詳述は出来ないが、端的に言うと、お金が消えてしまうのである。いずれ私が同じような被害に遭えば、その時は内容を公表しようと思う。

機会があれば本屋なんかで立ち読みでもして欲しいものである。

ちょっとビックリすること請け合いだ。


 他にも私の耳に入ってくる数々の噂というか体験談には強烈なものが多い。

今のところ圧倒的に悪い内容の話が先行してしまい、更に加速を続けている様な状態だが、当然ながら中にはとても立派な刑務官も存在している。

ところが「悪事千里を走る」という諺にもある通り、良い噂はなかなか広まらないものだが、悪い噂はあっという間に知れ渡ってしまうというのが世の常なのである。

と、一応フォローも入れてはみたが、いずれにしても真実を見極める必要はある。

この刑務所で生活を続ける以上とても他人事では済まされないのだから。

まさに”明日は我が身”なのである。


 規律は極めて厳しいが、しっかりと管理してくれる施設、規律はゆるゆるだがやりっぱなしな施設、どちらが受刑者にとって生活しやすいのかは決め難いが、どちらにしても”備えあれば憂い無し”これにつきるのではないだろうか?

わたしはそう思う。