その6≪刑務所ヤクザ≫ | The Prison Chronicle ~リアルタイム刑務所日記~

その6≪刑務所ヤクザ≫

 雑居房で生活を始めてそろそろ7ヶ月目に突入しようとしている。

現在の部屋の人員は5人となっているが、この6ヶ月の間に私以外の人達はどんどん入れ替わってしまったので、私は既に13人の他人と生活を共にしてきた。

以前にも少し記述したのだが、現在私が居る施設というのは”分類センター”といって、「今回の刑を執行するにあたって最適な刑務所は何処か」ということを決定する場所である。

したがって、通常であれば受刑者はこの施設を2~3ヶ月程度で通過し、日本中の何処かの刑務所へ移送されるのである。

私以外の受刑者は懲罰にでもならない限り通常の流れでどんどん移送されて行くのだが、どういう訳か私は6ヶ月目を経過したにもかかわらず取り残されている。

自分で言うのもなんだが、私の生活態度はかなり真面目なので、引き延ばされる理由など何も無い筈なのだが、これは一体どういう事なのだろうか・・・。

真意の程は今以って全く不明である。

まぁ、私が悩んだところでどうにかなる様な問題ではないので考えるだけ無駄なのだが、現在この施設で生活している受刑者の中でわたしがかなりの古株であることは間違い無いだろう。

 ちょっと話が逸れてしまったので元に戻すが、私と以前同部屋だった連中の殆どは移送の為この部屋から無事に巣立って行ったのだが、この部屋から出て行った内の約2名程は、この部屋に来てから約1ヶ月足らずでそれぞれ独居へ転房する為にこの部屋から出て行ったのである。

どういう事なのかというと、それは彼等が何を隠そう『刑務所ヤクザ』だったからなのだ。

 考えてみれば刑務所の雑居房というのはすごい環境である。

何せ今迄に一度も会ったことの無い正体不明の数人と決められた日から決められた部屋で生活しなければならないからだ。

その為、人間関係を円滑な状態で保つことはなかなかに難しい。

そして、これはどの世界でも一緒だと思うのだが、対人関係というのはやはり最初がとても肝心なのである。

大概の人はそれを心得ているようで、雑居房に入室した初日ともなれば、十中八九見栄の張り合いが繰り広げられる。

この光景を傍から眺めていると実に滑稽なのであるが、これはオスの本能とでも言うべきか、殆どの人が互いの力関係をはっきりさせたがるのだ。

そしてその際に、個人を計る判断材料となる主なものは、今回の事件の内容、刑期の長さ、それから娑婆では何をやっていたのか、などである。

3つめに書いた娑婆では何をやっていたのか、というのが重要なポイントなのだが、前述通り互いに面識は一切無く、相手の正体は不明なのであるから嘘が言い放題なのである。

これは私の勝手な推測なのだが、自分を若干誇張させるという行為は殆どの人がしているのではないだろうか?ちなみに私もご多分に漏れずその内の一人である。

だが、中には自分の正体が知られていないのをいいことに大嘘をぶっこいている輩が存在している。

その最も典型的な例は、自分をヤクザ者に仕立て上げるというものだ。

一般的にヤクザといえば粗暴なイメージが強いと思うのだが、彼らはそこに付け込もうとするのだろう。

しかし、こういった大嘘をつく連中というのは世間知らずが多く、安易な考え方の持ち主だったりするのだ。

だから本人だけがバレないと思っている節がある。

まぁ、正体がはっきりする迄は確かにその嘘が多少の効果を発揮しているので、等身大の何割増しかに見えたりもするのだが、そんなくだらない嘘でしか自分を誇示出来ない奴は中身が伴っていないので結局のところ通用しないのである。

彼等は刑務所の中に居る時だけ突如としてヤクザ者に変身してしまうので、『刑務所ヤクザ』と呼ばれてしまうのだ。

自分で自分の首を絞めるというのはまさにこの事で、メッキが剥がれてしまった後は惨めなものである。

嘘がバレてしまったお陰でこの上無く都合が悪いというのに、雑居房に居る限りは24時間どこにも逃げ場は無いのだ。

但し、オヤジ(担当職員のこと)に面接を願い出て、「苛められた」だとか上手い事を言えば独居房への転房は可能なのである。

先に書いた独居に転房していった2人というのはどちらもかなりの嘘つきであった。

その為、嘘がバレる度に自分の居場所が少しずつ狭くなり、ついにはこっそりとオヤジに面接をかけ部屋から消えていったのである。

 刑務所というのは社会に復帰させるのが目的なのであるから、協調性が第一に問われるのである。

だから他人と上手くやっていけないというのは致命的なのだ。

私が思うに人生というものはブーメランに似ている。

いい加減な事ばかりしていれば必ずしっぺ返しを食らうし、辛い事を我慢してやっていれば必ず良いことが起こる。

自分の投げた物がそのまま返ってくるのである。

これは今迄の経験上からまず間違い無いと言えるのだが、更に私から言わせて貰うとこの刑務所の雑居房というもそれと全く同じで、そのまま社会の縮図なのである。

だからその辺りを意識しなければ上手くやっていけないのではないだろうか。

少なくとも私はそう考えている。

この先十数年はこの様な環境で生活をしなければならないので、その間様々な犯罪者と出会うのだろうが、今回書いたような手合いとは余り出会いたくないものである。

今後も一風変わった人がいたら書いてみようとは思っているが、それは変わった人と生活をしなければならない事を意味するので、ちょっとだけ複雑な気分である。